愛染堂市
 路上に広がるおびただしい血痕。

 この場面だけを切り取ったニュース映像が流れたら、尋常じゃない出来事を一般の人間は想像するだろうに・・・

 この街の人間は、ただ怪訝そうな顔をして道の端から横目で通り過ぎるだけだった。

別に珍しい事じゃない事くらいは俺にもわかっている。

この通りに関して言えば年間に何度となく、物取りや腐れヤクザ共のイザコザなんかで、こう言った場面には出くわす事が多い。

 俺もおそらくは「刺されたのが自分じゃなくて良かった」と安堵しながら横目で会社までの道のりを急いだ事だろう。

 ただし今の俺には麻痺しちまった感覚を、無数の針で覚醒させようとする「奴」のニヤケ顔が頭から離れず、この街の人間に嫌悪感すら覚える。


「そっちばかり見てたって仕方ねぇんじゃねぇかい?」


 木村が気の抜けた調子で、俺の目線を現場に戻す。


『あぁ』


 俺も気の無い返事を木村に返す。


「あんたが連れて来いって言ったんだぜ」


『あぁ』


「じゃぁとっとと済ませてくれよ・・・中島さんよぉ」


『中は調べたか?』


「・・・中って?」


『・・・このビルだよ』


 木村はそれ以上は何も聞かず、「ハイハイ」とふて腐れたガキみたいな顔をして二、三度頷き、近くに居た制服警官を呼び寄せた。






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