愛染堂市
―――――ペンキ屋


『はっ・・・大したオヤジ』


 俺は珍しく自分の目を疑う。

 俺の仕事を済ませたビルの前に中島とか言った中年刑事が居た。

致命傷とまではいかなかったが、意識を保って歩いていられるような傷じゃ無い筈だ。

それを、わざわざ現場まで赴いて自分の惨劇を確認しているんだから、よっぽどの物好きか、よっぽどのイカレ野郎だ。

 俺は敬意を払って、ゆっくりと交通整備の警官に従い現場の横を通過する。

中島は、中島を更にくたびれさせた感じのオヤジに、何か話し込んでいて俺に気付かない。

 通勤の群れに混じったミニに乗った俺に、中島が気付かないまま、俺は現場の横を通りきった。



 気味の悪い感覚を覚える。



 俺は自分の感覚を疑いながら、ルームミラーを覗く。

中島は俺が仕事を済ませた雑居ビルに入ろうとした瞬間だった。


 堪らない違和感が鳥肌を立てながら俺の視界に飛び込んでくる。



 中島は体を雑居ビルに向けたまま歩みを止めて、ずっと俺の方を見ていた。

俺は敢えて慌てる事無く、ミニをゆっくりと通勤の車の波と共に滑らせた。

そんな俺の車を中島は微動だにせずに見続けていた。


 奴が米粒大の大きさになり確認出来なく成る程離れても、俺は奴の視線を背中に感じる事が出来た。

打って出る気配は無かった。


 だが奴は確実に俺に気付き、そしてやり過ごした。





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