愛染堂市
事務所の中にある、取って付けた様な金属製の換気扇の隙間から漏れる光で、外にまだ陽が差している時間だと言う事がわかる。
でもただそれだけ
アタシは時間の感覚を掴めない居心地悪さを覚えて部屋の中に時計を探す。
昨日もいつものように昼頃起きて
お腹を空かせたまま店に行って
今朝方まで客が付かず
やっとの思いで付いた客にも何時もようにキャンセルされた。
ただ何時もと違う出来事がアタシに時間の感覚を忘れさせる。
もの凄く長い時間を過ごしてるような気にさせる。
「どうしたぁ?・・・トイレかぁ?」
キョロキョロと辺りを見回すアタシに車屋のジイサンが少しだけ目線をくれながら聞いてきた。
アタシは『時計』とだけ言って、またキョロキョロと辺りを見回す。
車屋のジイサンは無言のままアタシの頭上を指差した。
アタシが体を後方にひねりながら頭上を見上げると、真上に小学校の黒板の上に掛けてありそうな丸いスチール枠の時計が掛けてあった。
高島工業 1975年7月寄贈
文字盤の6の字の上の辺りに消えかけた金色の字でそう書いてあって、アタシは無意識にその字を読む事に気を取られて、本来の目的を一瞬忘れた。
『じゅ・・十時半・・』
アタシが思ったよりも時間はずうっと経っていなかった。
アタシは時間を認識した途端に、店の事を考えて少し憂鬱になった。
キャンセルを食らってホテルから帰る時に連絡を入れていないし、ここに来るまでの間も連絡をしていない。
店に帰ったら、また嫌味なサブマネージャーにタラタラと文句を言われる。
機嫌が悪い時は殴られるかもしれない。
アタシはそんな事を考えて憂鬱になっていくのが嫌なので、ペンキ屋の事を考える事にした。
銃を突き付けられて殺されそうになったのに
いや本当は殺すつもりなのかもしれない男なのに
アタシはペンキ屋の帰りを心待ちにしている。