愛染堂市
「・・・フンッ行くぞ」


 ペンキ屋は、車屋のジイサンの冗談に付き合う素振りも見せずに、ツカツカと入り口に向けて歩きだした。

 アタシはペンキ屋に、振り払われバランスを崩しかけたが、すぐにペンキ屋の後を追った。


『オジイチャン、じゃあね!!』


 アタシが、去り際にそう言って車屋のジイサンに手を振ると、車屋のジイサンは小指の無い手で、ニコニコと手を振り返してくれた。



 アタシは殺されるのかも知れない。

 だけど、それでもペンキ屋に付いていきたい。

 さっき、ペンキ屋にくっ付いた時に分かった事だけど

 ペンキ屋は凄く良い香りがする。

 良い香りのするペンキ屋とご飯を食べたい。


 朝ごはんには遅すぎる。

 昼ごはんには早すぎる。

 アタシは馬鹿だから

 難しい事が考えられずに殺される事が重要な事に思えない。

 でも、今のアタシは自分が馬鹿な事に悲観的にならない。


『ただ、今は早くペンキ屋と一緒にブランチを食べたい』



< 54 / 229 >

この作品をシェア

pagetop