愛染堂市
 
『―――とにかく眠い』


 このまま、目を閉じれば立ったままで眠れそう。

もうくだらない男共の事を考えるのは無駄。

お腹も空いているし、月のモノも近いし、イライラしてくる。

あの汚いアパートに戻って早く寝たい。

そしてくだらない客に、くだらない理由で断られた事や、空腹を忘れたい。


 ミュールの底に嫌な感触が伝わってきた。

居眠りに近い様な状態で歩いていたアタシは、その感触に寒気がして、一瞬で目が冴える。


『うわ・・・』



 本当に今日はついてない。



アタシはゲロを踏んだ。

電柱にもたれ掛かり崩れかけている、サラリーマン風の男の吐いた物だろう。

物凄く不愉快な気持ちになり、この男の顔を蹴り上げてやりたくなった。

だけど踏んだのはアタシで、気付かなかったのもアタシ。

それに、今更この男の顔を蹴り上げたところで解決する訳じゃないし、今のアタシには眠くてそんな気力もない。

アタシは早く帰って眠り忘れる事にした。



 道の向う側の、白いバンに乗った男と目があった。

男は、アタシがゲロを踏んで、不愉快な顔をしているのを、哀れむ様にうすら笑いを浮かべていた。

その男の白いバンの後ろからパトカーが近付いていた。

パトカーは走り出した男のバンの真後ろまで車を寄せ、サイレンを鳴らした。



『・・・ざまあみろ』

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