愛染堂市
―――――アサガオ


 ペンキ屋が黙ったまま、暫く経つ。

 アタシは少しでも、今を楽しく演出したくて、空元気な笑顔を作り続けたけど、正直そろそろ限界。

 いつもそう、アタシは楽しい時間の作り方を知らない。

無理にはしゃいでみたり、無理に笑顔を作ってみたり。

 多分アタシは殺されるのに、アタシを殺そうと思ってるペンキ屋との無言の時間が堪えられずに、無理に笑顔を作っている。

 拠り所になってる、アイスティーも間も無く、空になる。



 お願いペンキ屋、何か言ってよ。


「―――お待たせいたしましたぁ」


 拠り所のアイスティーを、アタシが「ズズズ」と底に残った分まで飲み干そうとした時に、ウェイトレスのお姉さんが、料理を運んできた。


「欲張りフライのお客様ぁ」


 ペンキ屋が答えないので、アタシが右手でペンキ屋を指して、お姉さんに教える。

ウェイトレスのお姉さんは、ペンキ屋の前に「欲張りフライセット」を置いて、アタシの前に「蟹ピラフ」を一礼して置いた。

 ペンキ屋は料理が来ても、黙ったままで煙草を吹かして、外を眺めている。


『・・・食べないの?』


「食えよ・・・」


『食べるけどぉ・・・』


 ペンキ屋が、外を眺めたまま、こちらに目線も向けてくれないので、アタシは『いただきます』と溜息のように言って、目の前の蟹ピラフにスプーンを立てる。


 最近、ろくに食事自体が疎かな上、2800円もする美味しそうな蟹ピラフが、目の前にあるのに、何故か食欲が湧かなかった。

それでも無言の時間を、少しでも解消するように、上手に炒められて美味しそうにパラパラとちらけるご飯粒を、スプーンですくい口に入れる。

何日もろくな物を食べていないのに、美味しいと思えず、アタシは寂しくなった。

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