愛染堂市
アタシの寂しさを他所に、ペンキ屋はフライセットに手を付けず、相変わらず窓の外を眺めて、煙草を吹かしている。
アタシは少し意地になって、さも美味しそうに蟹ピラフを食べる。
本当は、楽しく喋りながら食べたいのに、アタシは味の感じられない食事を、ムキになってする。
2800円もする蟹ピラフは、ご丁寧に殻のついた蟹の足が美味しそうに盛られ、事のほかアタシは苦戦する。
フォークも上手く刺さらない殻に、最初は果敢に挑戦していたけど、努力も虚しく、優雅に蟹の身を堪能する事は出来なかった。
「―――ったく、カチャカチャうるせえ」
アタシが犬のように、顔を皿に寄せて蟹の身をほうばろうとした時に、ペンキ屋がアタシの皿を取り上げて言った。
『・・・ごめんなさい』
「犬じゃねぇんだ、そんな食い方するんじゃねえよ!!」
ペンキ屋はそう言って、「おあずけ」をするように、アタシから取り上げた皿を自分の方に寄せた。
アタシは少しバツが悪くなったように俯く。
「一人で食えねえモンを頼むんじゃねぇよ」
そう言ってペンキ屋は、ピラフの上の蟹の足を手で取り、フォークの先で身をほぐしながら、ピラフの上に蟹のほぐし身を散らした。
「―――ほれ」
そう言ってペンキ屋は、蟹のほぐし身を散らしたピラフをアタシに返した。
『あ・・・ありがとう』
アタシは、泣きそうな程嬉しい想いを押し殺し、ペンキ屋の方を見ずに言った。
ペンキ屋は、煙草を灰皿に押し付けるように揉み消し、「仕方ねえな」と言い出しそうな顔で割り箸を割り、スープで顔を洗うように箸をくぐらせて、その流れのままご飯を食べ始めた。
アタシは、ペンキ屋がほぐしてくれた蟹身をピラフとともに口に運ぶ。
『これ以上美味しいものは無い』と思えるくらい、幸せな味が口に広がった。
アタシは単純で馬鹿だから、アタシを殺すかもしれないペンキ屋の、ご飯を食べる姿を見ながら、幸せに蟹ピラフを食べる。
海沿いの温かな正午の日差しが店内に差し込んで、アタシはただ幸せな気持ちになっていた。