愛染堂市
―――――ペンキ屋


『―――何?』


「だからぁ・・・アサガオって呼んでくれる?」


 この女は本当に馬鹿なのか?

 それとも何か思い違いをしているのか?


「さっきから・・・オイ女!!とかじゃ、楽しく食べられないじゃん」


 どうやら思い違いの甚だしい馬鹿らしい。

残念ながら俺には『この女』にこれ以上付き合う気は無い、悪いが楽しくなくて結構だ。

食事は俺にとって食欲を満たす行為でしか無え。

腹が減る。

食事する。

腹が満ちる。

ただそれだけだ。

 ここ何年も一人で食事をしていた。

 その行為に楽しさを求めようとも思わねえし、今日久しぶりに誰かと食事するからと言って特別な想いを持とうとも思わねえ。

 俺は女のお喋りを無視して、目の前の『食い物』をただ胃に流し込む。


「・・・トマト」


『・・・何?』


「だからぁトマト嫌いなの?」


 迂闊にも女の言葉に反応しちまった。

既視感に似た感覚が俺を油断させちまったらしい。

 俺は皿の端に除けたトマトを見つめて、女の言葉を頭の中で反芻する。

そして鮮明に頭に浮かんだ映像を振り払うように、トマトから目を離し汗をかいたグラスに残っていたアイスコーヒーを口に含む。

女はそんな俺を見つめながら「トマトが嫌いなのか」と言う質問の答えをニコニコしながら待っていやがる。


 似ている


 俺の頭の中に馬鹿げた考えが浮かぶ。





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