愛染堂市
『・・・食いたくねぇだけだ』


 俺は既視感に頭を混乱させられる。

女のおしゃべりに付き合うつもりもねえのに、女の質問に応える。

昔同じ事を言われて、同じ言葉を返した。

 ただそれだけの事だが、俺は自然と自分の胸の高鳴りを覚える。

別に恋だの愛だのガキっぽい感情の高鳴りじゃねえ。

 女が何て言い返すのかを期待する。

 
 アイツに似ているこの女が何て言い返すのかを


「・・・そうなの?でも食べた方が良いよ」


『・・・フッ』


「何?」


『別に何でもねえよ』


 俺は女の言葉に思わず吹き出し、少し気恥ずかしく思って照れくさくなりアイスコーヒーをすする。


「何?何なの?」


『何でもねえよ・・・ただ』


「ただ?」


『・・・ただ何でもねえ』


「何よそれ!!」


 女はそう言ってふて腐れた顔を浮かべて俺を睨んだ。


『何処までも似ていやがる』その言葉は俺の口を吐いて出る事は無かった。

そして俺は少しばかり嫌な感情が胸に上がり、外の日差しに目をやる。







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