愛染堂市
『・・・・てぃなの?』
「何っ?」
アタシの精一杯で引き出した言葉を、ペンキ屋は聞き取れず、片耳を僅かに寄せるように聞き直してきた。
アタシは口に出した言葉を後悔していて、ペンキ屋が聞き取れなかった事に感謝し、ペンキ屋が忘れてくれる事を願う。
だけどそれ以上に、ペンキ屋がアタシに興味を示してくれたような反応の喜びと、アタシがペンキ屋に抱く好奇心が、アタシの後悔を掻き消し、アタシは精一杯で吐き出した「その言葉」を言い直す。
『ほ・本当に・・・童貞なの?』
ペンキ屋は傾けていた耳をスッと引き、少し表情を曇らせた。
そして次の瞬間「ハンッ」と鼻で笑うような声を出し、愛想笑いのような笑顔を浮かべた。
「そう見えるか?」
『そうは見えないけど・・・』
「・・・じゃぁ何で聞いた?」
『何と・・・なく』
「馬鹿にしているのか?」
『そんなつもりじゃ・・・』
「俺に敬意を払って、童貞と聞いたのか?」
ペンキ屋は、また少し意地悪な表情を浮かべた。
何となくSMを好む変態客の表情にも似ていて、アタシは心の中で可笑しくて、少しだけ緊張が緩んだ。
「女・・・俺は残念ながら童貞じゃねぇ・・・つまらねえだろ?」
『いや・・・そんな』
「あとなぁ・・・お前は馬鹿で、どうやら俺に気があるようだ。・・・予め言っておくが、これ以上俺に期待するな。無駄になるだけだ」
アタシは一瞬驚き、そして少し恥ずかしくなったけど、それ以上にペンキ屋と言う男がつくづく意地悪な事に少々腹が立った。
「あとな・・・車屋に居た馬鹿が言っていた事も間違ってはいねえ。・・・俺は童貞じゃねえが、勃たねえのは本当だ」
むくれ面のアタシは驚いて、むくれ面を解き、言葉も出ないまま口を開けてペンキ屋を見つめた。