愛染堂市
―――――アサガオ


「勃つと思うか?」


 廃工場から暫く走り、ペンキ屋が生活している空間のベッドの上で寝そべりながら、ペンキ屋がまた意地悪な笑顔でアタシに聞いてくる。

まるで「無駄な事はやめろ」と言っているような、その意地悪な笑顔と目線にアタシはムカつきながらも、心の奥底を熱く奮わされる。

ペンキ屋のそんな目線は凄くセクシーで、アタシは心の奥から潤い溢れて来る液体を感じる。


「なんだ?」


ペンキ屋の目をじっと眺めて、動けなくなったアタシに、ペンキ屋が仰向けに頭を枕にもたげたまま問いかける。


『・・・目』


「目がどうした?」


『色・・・色が違う』


アタシは今まで何を見ていたんだろう?

コンクリートが剥き出しで、物らしい物が見当たらないペンキ屋の部屋の、天窓から差し込む日差しで照らされる、ペンキ屋の瞳の色が淡く緑がかっている事に初めて気付いた。


『コンタクト?・・・じゃないよね?』


「何が?」


『・・・目』


「目は良いぞ」


『そうじゃなくて・・・色』


アタシがそう言うと、ペンキ屋は目を閉じ上の瞼を撫でながら「呪いだ」とぼそりと吐いて、眠りに就いてしまいそうに沈黙した。

アタシは、これ以上は踏み込んではいけない気がして、「眠り姫」を起こすようにペンキ屋の唇に優しく唇を寄せる。

ペンキ屋はパチリと目を開け、少しキョトンとしたような顔でアタシを見つめる。


『・・・ねぇペンキ屋?』


「ん?」


『時々貴方がアタシに向ける、優しくて悲しそうな視線は誰に向けているの?』


ペンキ屋はアタシの言葉に、少しハッとしたような目をして、アタシから視線をずらす。

ペンキ屋が横目にすると、天窓からそそぐ日差しは、ペンキ屋の瞳のグリーンをより鮮やかに映し出した。

 アタシはペンキ屋の美しい淡いグリーンの世界に吸い込まれて行く。





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