私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~
第一章・シャマールの王宮
「う……ん」
 陽光が瞼を通してやってきて、私は薄く目を開けた。
「うっ……?」
 風が吹いてきて頬を撫でる。けれど、その風が何故か生暖かかった。
(今は、秋のはずなのに……?)
 私は、ぼんやりと疑問に思いながら、目を瞬かせた。
「え?」

 まるでなじみの無いものが、目に映る。白い柱に細かい細工が施され、白い石壁をタペストリーが彩っている。
 ネット画像で見た、アラビアの王宮。
 そんな感じがする部屋だった。
 
 呆然としながら、光に導かれるように、夕日のようなやわらかな陽光が差す方向を見る。そこにはアーチ状の窓枠があり、地続きでバルコニーへと繋がっていた。
 豪華な装飾のバルコニーに、誰かが立っている。
 その人は、ゆっくりと振り返った。

「起きたようだね。客人よ」
 目を瞬かせるだけの私に、その人はにこりと微笑んだ。
 彼は、黒い肌に、キレイな金色の瞳をしていた。年齢は、多分三十代中頃から、後半といった感じだ。
 気品が漂う人で、何だか緊張して萎縮してしまう。

「こっちに来てみなさい」
 落ち着く低音の声で私を呼んで、手招きをした。
 豪華でふわふわのベッドから降りると、バルコニーに向った。
 そこで、ふと気づいた。
(私、めちゃくちゃ汗掻いてる)
 不思議に思いながらバルコニーに出ると、
「うわあ!」
 そこは、アラビアの街そのものだった。

(すごい!)
 なんだか感動してしまって、身を乗り出す勢いで街を一望した。

 眼下に広がるのは、夕日に照らされたバザール。バザールの店の色とりどりの天幕が、夕日に淡く色づいている。
 その先には、周囲を取り囲む高い壁。 
ここと向き合うような位置に、ちょうど壁にアーチ状の穴が開いている。多分、あそこから町に出入りするんだろう。

 異国情緒溢れる光景に、私のテンションは上がった。
 そのとき、生暖かい風が吹きぬけていった。
 なんだか、夏の夕暮れ時みたいだ。
 でも、日本より湿気がない分、爽やかでもある。

「……あれ? でも、なんでこんな所にいるんだろう?」
 ぽつりと漏れた独り言に、答える声があった。
「それは、貴女が一番詳しいのではありませんか?」
 明朗な声音に、私は振り返った。

「――柳くん!」
「こんにちは」
 柳くんはにこりと笑む。

「柳くんも無事だったんだね! 良かった! みんなは?」
「多分、無事じゃないですかね」
 あっさりとした返しだったけど、その答えに、とりあえず、ほっと胸を下ろす。

「でも、私の方が詳しいって、どういうこと?」
「だって、貴女の力でしょ? 僕達を別の国々に飛ばしたのって」
「え!?」
「自覚なかったんですか?」

 柳くんは、大きな目を少しだけ見開いた。
 どことなく、わざとらしい気がする。

「僕が覚えてるのは、貴女が光って、僕達がその光に包まれて、方々に飛んでいったところまでですね。毛利さんは多分、あの方角じゃあ、千葉(せんよう)あたりじゃないかなぁ」
「他のみんなは?」

「う~ん。多分、風間さんは反対方向だったから、永か瞑辺りじゃないですか? 花野井さんと翼さんは一緒の方向で、毛利さんよりも離れてたから、岐附か、爛かな。黒田さんと月鵬さんは一緒の光に包まれて飛んで行ったから、多分一緒でしょ。三条さんは、多分、美章か功歩か、ってとこじゃないですかね」

「随分、明確に覚えてるんだね」
 驚きと感心で柳くんを見ると、柳くんは口元だけで笑んだ。
「僕、記憶力には自信があるので」
 柳くんは中指の先で頭をトントンと叩いた。
 私は「へえ」と、感心して深く頷く。

「それで、ここって?」
 ちらりと隣にいる彼を見た。
 柳くんも、彼に一瞥して、
「ここは、怠輪です。王都、シャマールの王宮。ジョルジャ宮の中です」
「……え?」
 絶句する私に、柳くんは状況を愉しむように、口元だけで笑んだ。
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