私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~
第三章・吹雪の中で
 私が部屋に軟禁されてから、早一ヶ月が経った。
 閉じ込められてすぐに扉を叩いたり、大声を上げたりしたけど、扉は開かなかった。よくよく観察してみると、どうやらこの扉は、外からじゃないと開けられない構造らしかった。

「はあ……」
 ため息を零すと、袖が目に入った。
「着物か」

 私は今、白い着物を着ている。白といっても、僅かに桜色がかかっている白色だ。
 可愛い蝶の模様が厳かに入っている。綺麗な着物だった。
 
 いつまでも制服を着ているわけにもいかないので、着物が用意された。他にも数十着用意されている。

 最初は、一人じゃ着られなかったけど、一ヶ月も経てばさすがに着られるようになった。苦しかった帯にもなれた。けど……。

 窓枠に手をかけながら、窓の外を見つめた。
 窓の外には、大きな木があって、高い塀がある。
 その先は、森が見えるだけだ。

 助けを呼ぼうにも、塀に邪魔されて道が見えないし、何しろ窓も開かなかった。開いたところで、通り抜けられそうもないほど細い窓だ。

「外に出たい……」
 憂鬱に呟いた声は、誰にも聞こえない。
 私は振り返って、部屋を眺めた。

 私が行き来出来るのは、この部屋以外にもう一部屋ある。
 隣の部屋への戸があって、そこはトイレとお風呂が一緒になった部屋だ。
 普通のユニットバスとは違って、洗い場もついている。

 四角い、良い匂いのする木の湯船に、侍女さんがお風呂の時間になると、水色と翠の貝殻のような、鱗のような、丸々としたものを持ってきて、それを押す。
 すると、そこから一気にお湯が溢れ出して、湯船に溜まるという不思議な方法でお湯を張ってくれる。

「もう、退屈で死にそう」
 ぽつりと呟いて、窓際近くにあった籠に目を向ける。中には、小さなドラゴンがすやすやと寝息を立てていた。

 火吹竜(サラファイアドラゴン)は、その名の通り火を吹くドラゴンで、手のひらサイズの大きさしかないうえに、人懐っこい。夜、照明が必要な時にカンテラに明かりを灯すために部屋に置かれているようだった。ちょっと触るのは怖くて一度も籠から出したことはないけど、
「お前がいてくれてよかったよ」

 私はそっと籠に手を伸ばした。
 そこに、誰かが階段を降ろした音がした。
 階段をトントンとゆっくり上る音がして、現れたのは、着物姿の、赤い髪の女性だった。

「コウさん」
 自分の名を呼ばれた彼女は、華やかに笑んだ。

 彼女、コウさんは、監禁生活が始まってから、私のお世話をしてくれてる人だ。ちなみに火吹竜の餌やりなどの世話もしてくれている。
 年齢は、十八歳と、私と近い。

 彼女は朝八時から夕方五時まで、私と一緒にいてくれる。
 夕食を運んできたら、翌朝まで、さようならだけど、私にとってはありがたい存在だった。
 一人だったら、確実に気が変になってたとこだよ。
 
 お喋りしたり、お菓子を持ってきてくれたり、将棋やオセロみたいなゲームをしたり、本を持ってきたりしてくれる。(本といっても、私の世界の本とは違って巻物だけど)

 コウさんといる時は良いけど、独りになると退屈で、寂しくて、寝る気にもならない。とか言いつつ、ばっちり寝てるけど。

 一回だけ、コウさんが開けるまで待っていて、開いた瞬間に逃げ出そうとしたことがあるんだけど、入り口に突撃した瞬間、目に見えない何かにぶつかって、弾き飛ばされた。

 後から聞いたけど、コウさんの能力なんだって。
 バリア能力。結界とはまたちょっと違うらしいんだけど、私には、どこが違うのかは良く分からない。

 そんなわけで、まだ逃げ出せていない。
 でも、諦めたわけじゃないんだから。
 もうそろそろ、本気で外に出たい!

「今日は後で、毛利様が来られるそうですよ」
 コウさんは持ってきたお茶をローテーブルに置いた。
「ええ~。またぁ?」
「ふふふっ、そうおっしゃらないで」

 毛利さんは、三日に一回は部屋にやってくる。
 やってきては、修行と称して変なことをしていく。
 魔王の力をどうやったら、引き出せるのか。
 コントロール出来るようになるのかを、調べに来るんだ。

「そういえば、毛利さんって何やってる人なんですか? 結構昼間とかに来るけど」
「宰相ですよ」
 コウさんは、恐れ多いと言った感じで答えた。
「宰相ってなんですか?」
 今度の質問には、目を丸くして、信じられない! といった表情をされてしまった。

「宰相は、君主の政務を補佐する最高位の官吏です。国のナンバー二ですね」
「え!? すごいんですね」
「ええ。すごいんですよ」
 コウさんは、自分のことのように自慢げな笑みを浮かべた。

「言っちゃなんですが、国王が〝あんな〟だから、この国は、毛利様がいなくなったら簡単にダメになってしまいますわ」
「あんなって?」
 この質問には、コウさんは顔を曇らせて、硬く口を閉ざした。
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