私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~
* * *
午後になって、毛利さんがやってきた。
ぶすっとした顔で睨み付けると、毛利さんの眉が僅かに上がった。
「なんだ?」
「なんでも」
「言いたい事があるなら言え」
「じゃあ、ここから出して下さい」
「無理だ」
即決するなら、言わせないでよ!
「まあ、お二人ともよく飽きないですね」
感心したようにコウさんが言った。
それもそのはず。
毛利さんとのこのやり取りは、今回で五回目だ。
「私だって、やりたくってやってるわけじゃありません。この人が言えっていうから、言ってるんです」
「貴様がブスな顔を更にブスにしているからだろ」
「ひっどい! この、マネキン面の、能面野郎!」
睨み合う私達の間から、
「ふふっ!」
と、含み笑いが聞こえた。
「あら、すいません。毛利様がこんなに抑揚のあるお声でお喋りになられるなんて、初めてで。なんだか、珍しくて」
コウさんが、おかしそうに含んで笑った。
毛利さんは、能面なままだ。
そして、そのまま私の腕をとって引っ張った。
部屋の中央に座らせると、
「いつものように」
と、抑揚のない声で告げる。
私は渋々、目を閉じた。
「暗闇の中に、一筋の光が落ちてきたように想像しろ」
私は言われたとおりに、想像する。
暗い中に、線香花火の最後の煌めきのような、白い光が落ちてくる。
「深く息を吐け」
――ふう……。
「鼻から吸って」
――すう~。
「吐け」
――ふう……。
(なんか、眠くなってきた)
「集中を切らすな!」
(――っと。怒られちゃった。ヤバい、ヤバい)
「光が広がり、暗闇を光が覆っていく」
――光……暗闇……。
声に従って、想像する。
光は、徐々に広がり、暗闇がなくなっていった。
「完全に白い光に包まれたら、腹の中心に何か感じるはずだ」
毛利さんの声が言うように、熱く、渦巻く、何かが感じられた。
太陽の光のように暖かく、でも、ぐるぐると回って気持ちが悪い。
「その何かを、自分の意志で従わせろ」
――従わせる。
「何がしたいのか、何ができるのか、自然と理解できるはずだ。自分には、どんな力があるのか――」
――自分の力……力……。力?
ぐるぐる回っていた何かが、さらに激しく回りだした。
そして、パッと弾けて、暗闇に戻った。
(失敗だ……)
「ああ! もう、力なんて分かんないよぉ!」
私は、勢い良く目を開けた。
「はあ……」
毛利さんは、大げさにため息を吐いて見せた。
「小娘、貴様は、本当に才能がないな」
「なんですって!?」
「一つの光、エネルギーに集中するだけだろう。そうすれば、どんな能力が自分に使えるのかが分かる。と、何度言わせるんだ」
「だ~か~ら! それが分からないのっ!」
私がムキになって返すと、毛利さんはまた大げさにため息をついた。
この訓練は、監禁生活が始まって、一か月間、ずっとやっていることだった。
毛利さんが言うには、この訓練は、能力者が自分の能力をコントロールするときにやる訓練法なんだそうだ。
でも、私には全然効果がないみたい。
毛利さんが言う、一つの光って言うのもよく分からない。
私には、光は一つではなくて、なんて言うのかな……。
すごく多くの光が一つになっているっていう感じがする。
それが、一気に渦を巻く、そんな感じ。
だから、目眩がするような、気持ちが悪い感じがするんだ。
能力者は、早ければ一回で自分の能力を把握し、遅くても一週間もやれば把握できるんだって。
だから、毛利さんに毎回悪態つかれるんだけど……。
だけど、分からないものは、分からないんだもん。
「では、今日はここまでだ。また明日だな」
「ええ!? 明日もあるのぉ?」
ふてくされたら、睨まれてしまった。
能面が、僅かに瞳を細めた程度だったけど、私には睨んだんだと分かった。
「貴様がちゃんと、毎日自分で行っていれば、問題はないんだがな」
「……うっ! や、やってるよ……」
弱々しく抵抗してみたけど、
「嘘を付け。貴様がさぼらないわけがなかろう」
即座にそっけなく返されてしまった。
(うっ。図星をつかれてしまった……)
「だって、やる意味が分からないっていうか、ぶっちゃけ必要じゃないし!」
「……」
ふてくされつつ、反論したら、呆れたように白い目で見られた。
無言の失望、いや、嫌悪かな? に、
「分かった! 分かりましたよ! ちゃんとやるわよ!」
と、思わず答えていた。
だけど、その日の夜の訓練も、何も掴めずに終わった。