私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~
* * *
目を開けると、そこは雪原だった。
一瞬、その白さから、ここは天国なのかと思った。
でも、猛烈な寒さに、ここは現実なのだと知らされた。
「たしか、ドラゴンに……」
朦朧とする頭を振ると、景色がはっきりしてきた。
「え?」
私の膝元に、一体のドラゴンの死体が転がっていた。
何かに弾き飛ばされたように、バラバラだ。
「……うっ」
思わず気分が悪くなって、口元を押さえた。ぬるっとした感触が頬を覆う。
「え? 何これ!」
びっくりして手を放した。押さえた手が、血まみれだった。
それどころじゃない。
全身が血に塗れていた。
まるで、あのドラゴンの血を被ったみたい。
血が凍り始めたばかりみたいだから、今さっき起こったことなんだ。
「これ、私が?」
ぞっとした。
(……魔王だ)
助かったことは嬉しいけど、得体の知れない力が私の意識が無い間に出てきては、こんなことをしている。
(その内、私、魔王に操られちゃうんじゃないかな?)
不安が胸を覆ったときだ。
「おい!」
切迫したような人の声がして、はっと我に帰った。
キョロキョロと辺りを見回すと、木々の陰から、誰かが走ってくるのがわかった。
見慣れた姿が見えた瞬間、私は思わず泣き出しそうになった。
「毛利さ――」
「伏せろ!」
「え?」
怒声に、一瞬呆けて、慌ててしゃがんだ。
すると――ガチン! という、鉄がぶつかるような音が頭上から響いた。
さあっと血の気が引く。
「もう一匹の……」
嫌な予感に囚われながら、頭上を見上げると、やっぱりそこにいたのはもう一体のドラゴンだった。
ドラゴンは、緑色の目をギラッと光らせた。
「あ――キャアア!」
叫び声をあげた瞬間、影が私の真上を横切った。
閃光が走って、ドラゴンの首と胴体が切り離された。
首は私のすぐ隣の雪に沈み、胴体は反対側に倒れた。
血の雨が降り注ぐ。
びちゃびちゃと、暖かくて、金臭い血が私を塗らした。
呆然とする私の目の前に、ぬっと手が伸びてきた。
「大丈夫か?」
金色の瞳が、心配するように光った気がした。
寒さからか、毛利さんの鼻先がほんのりと朱い。
「ありがとうございます」
呆然としたまま発した声は、震えていた。
それは、寒さからだけではなかった。
「血まみれだな。これじゃ、誰だか分からんから、小娘、貴様の面も少しは見れるのではないか?」
「……は!?」
(――カッチ―ン! ちょっと、今の失礼すぎるでしょ!?)
「あなたが、もっと助けかたを工夫してくれれば良かったでしょ!? あなたのせいじゃん!」
「貴様がちゃんと力をコントロール出来るようになっていれば良かっただけの話であろうが。さぼるからそうなる。助かっただけマシと思え」
「……うっ」
「ぐうの音も出ないであろう?」
毛利さんは、勝ち誇ったような表情をしやがった。――く、悔しい!
「ここにいては、凍え死ぬ。移動するぞ」
素っ気無く言って、毛利さんは私を立たせた。
「ああ、はいはい。分かりましたよ」
不貞腐れて、そっぽ向くと、小さな声が聞こえた。
「元気が出たようだな」
「え?」
振向いて訊き返したけど、毛利さんは何も言わなかった。
気のせいだよね。この人が私を気遣うなんて……。