私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~
第四章・地下街の夜
監禁生活からの逃亡から、早一ヶ月が経った。
あの後、雪は数時間で止んだ。
毛利さんは、自分の長襦袢を私に着せて、自分は一部濡れて冷たくなった着物を羽織った。
そして、私を抱きかかえた。するとすぐに、僅かに浮いたような感覚があって、そのまま猛スピードで走り出した。
何キロかは分からないけど、確実に車の速度は出ていたと思う。
不思議なことに、雪に埋もれたりはしなかった。
毛利さんの足が雪についてなかったんだ。彼の足は何故か宙に僅かに浮いていた。
そして、あっという間に屋敷に運ばれた。
屋敷に運ばれた私は、すぐにお風呂ではなく、蒸葉(ムスハ)というサウナのような所に突っ込まれた。
蒸葉は、柚の木に似ている木の葉っぱを燃やして、部屋をサウナ状にする。
その葉っぱは何故か燃やしても、煙がほんの少ししかでない。
かじかんでいた体が、ゆっくりとほぐされた。
冷たくなっていた体に、血の巡りを感じて、ちょっとむず痒い。体がぽかぽかとしてきて、そのまま寝てしまった。
翌日には、凍傷もなく、体もぴんぴんしていた。
その日に様子を見に来た毛利さんに、空を飛べるなら、洞窟にいないで帰ればよかったのにと言ったら、能面の眉がぴくりと跳ね上がった。
「柳の話を聞いていたか? 俺は空は飛べない」
「え? でも、浮いてましたよね?」
質問したら、専門的な難しい答えが返ってきた。
私には、ちんぷんかんぷんだけど、言われた事を要約すると、こういうことらしい。
磁石にあるS極とS極、N極とN極を合わせると反発する。
逆に、S極とN極を合わせると、引き合う。
これを利用し、瞬時に入れ替えると、浮きながら走ることが出来る。
しかも、すごい速度で。
それを、雪が降っている時に使えなかったのは、水分を多く含んだ雪は、非磁性体というやつで、強力な磁場をかけると反発することがあるそうだ。
雪が降って、その雪が磁力の間に入ると、無用の反発を招き、あらぬ方向へ飛ばされかねない。
だから使えなかったそうだ。
理科は不得意で、良く分からない。
毛利さんの説明も半分も理解できなかったけど、まあ、そういうことらしい。
それと、千葉の人は、私が逃げ出した時期から、大雪が降るのを知っているので、買い物には地下街に出向き、外には出ないのだそうだ。
どうりで、私は容易に外に出られたわけだ。
屋敷は、私が思ったとおりに、町の外に建てられていた。
冬の間と緊急時にだけ使う屋敷だそうで、そのほかの季節には、城の敷地中に屋敷があって、そっちを使っているらしい。
どうして冬も使わないのかと訊いたら、城の敷地内の屋敷には地下への出入り口が無いのだそうだ。
地下街ができたのは、城の屋敷よりも新しいので、新たに掘るには地盤の調査とか、強化とか、めんどうだったから、じゃあ新たに造ろうということで、万が一、王都が戦場になっても外に逃げられるように、外に造ったのだそうだ。
このような家は、裕福な者は結構持っているらしい。
もっと街から離れた場所には、何百人も避難できるくらい大きな屋敷が建てられているんだって。
今はまだ一つだけだけど、徐々に増やす計画だと毛利さんが語っていた。
実際に、地下トンネルの建設は始まっているのだとか。
ちなみに王のいる城は遥か昔から、地下トンネルがあって、町の外に通じていたらしい。
今は、そこに地下街へ出れる道も通じているのだそうだ。
そして私は、今その地下街に来ている。
何故かというと、帰った翌日に、監禁解除を申し渡されたのだ。
「貴様にまた勝手に出て行かれて、あんな目に遭うのはごめんだ。出るときには誰か護衛をつけるから、そいつを伴って行け」
毛利さんは、素っ気無くそう言って、部屋を出て行った。なので、私は、あの監禁部屋にはもういない。
今は、十畳ほどの部屋に移った。初日は何もなかったけど、翌日には家具が運び込まれて、あっという間に生活観が溢れる部屋になった。
「ところで、なんであの家って、何にも置いてないんですか?」
私は一緒に地下街にきていたコウさんと、原(ゲン)さんに尋ねた。
原さんは、名前からしてお爺さんっぽいけど、全然お爺さんじゃない。二十歳そこそこに見える、青年だ。
雪国の人には珍しく、肌は日に焼けて浅黒く、深い紫か、青かという瞳に、赤茶の髪をしていた。
毛利さんがつけてくれた護衛の人だ。
「冬の間しかいないと言う事もあるんですが、毛利様は物に頓着しないので、必要最低限の物しかないんですよ」
「へえ、そうなんですか」
答えてくれたのはコウさんだ。
私は歩きながら、目線をキョロキョロと動かした。
お店は、冷凍野菜や、乾物屋が目立つ。
冬の間は、外であまり物が取れないため、秋の間に収穫した物を氷結竜を使って氷付けにする。
それを、冬の間に食べるみたいだ。
もちろん、肉や魚も冷凍だ。
冬でも雪の降らない日は、猟師さんたちは肉や魚を収穫してくるけど、そんなに多くは無い。
家畜制度は千葉にもあるけど、農場は安土からは離れていて、一ヵ月に一回、地下の道を通って家畜を運んでくる。
冷凍じゃない肉は、その時にしか食べられない。
「街を見ながら歩くのは良いですけど、僕達から離れないで下さいね」
不安そうに忠告してきたのは、原さんだ。
地下街は大通りから外れると、迷宮のようになる。
暫くは、お店も出ていたりするけど、その先は入り組んでいる。
なので、安土の人達も、自分の知っている道しか通らないのだそうだ。
「それはもちろんですけど、地図は無いんですか?」
地図があれば、誰でもどこにでも行けるようになるのに。
「ありますが、見られるのは警察(サッカン)の最高位か、文官の交通課、武官の将軍のみです」
「なんでですか?」
便利なのに――と、私は教えてくれた原さんに尋ねた。
「便利は便利ですけど、誰にでも見られるようになると、犯罪に使われる可能性が高くなりますから。各々の道は、各家庭に続いています。もちろん、文官、武官の自宅、城にだって」
「ああ、そっか。地図があると泥棒に入られちゃうんですね」
「それもあります。しかし、何より警戒しなければならないのは、密偵です。この迷宮のような地下街の道が全て分かってしまったら、敵に攻め入られたときに大変でしょう?」
「そっか。いきなり、自宅や城の中に入られちゃうってことですもんね」
「その通りです。だから、地図は限られた人間しか見れないし、地上へと続く階段も、重要人物の自宅だけ、わざと長く造ってあります」
「へえ……そうなんだ」
色々大変なんだなぁ……。
深く感じ入って、改めて街を見回すと、さっきとはどことなく違って見えるから不思議だ。
「それにしても、ちょっと込んできた気がしますね」
「そろそろ夕方なので、ちょうどこれから込んでくる時間ですね」
そういえば、夕方までいたことはなかったな。
「夜の地下街も見てみたいです」
「それはなりません」
嬉々として提案したら、即座に却下された。
しかも二人から、同時に。
「え~? どうしてですか?」
「夜の地下街は、昼間とは違うんです。毛利様にも、夜は出すなときつく申し付かっております」
コウさんがぴしゃりと跳ね除けた。
「でも、冬の間は犯罪も減るんでしょ? スリくらいだって言ってたじゃないですか」
「それはそうですが、いけません」
コウさんは一瞬たじろいだけど、持ち直した。
「さ、帰りますよ!」
「そんなぁ! せめて、もうちょっとだけ!」
「いけません。夕方はただでさえ一番込むんです。人に流されて、あらぬ方向へ行ってしまったらどうするのですか?」
たしかに、それは困るな。
また迷子になって迷惑をかけるわけにも行かない。
「分かりました。帰ります」
しょんぼりしながら、私はこくんと頷いた。
コウさんは満足そうに頷いたけど、原さんは、ちょっと可哀想に見えたのか、同情するように私を見ていた。