私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~
第六章・足運屋
数十分前、私達は地上へと通じる扉の前にいた。
彼は夜壱(よるいち)と名乗った。
お互いに自己紹介して、扉を開けると、毛利さん家よりは狭いけど、綺麗で広い廊下が伸びていた。
どことなく、お金持ちの屋敷、という感じがしてちょっと緊張する。
部屋に案内される間に、何人かの使用人さんと出会い、その中に女性も居たので、私はほっとひと息ついた。
心の隅っこでは、やっぱりちょっと不安だったみたい。
「ここ、好きに使って良いよ。開いてっから」
通された部屋は、二十畳ほどある大きな部屋で、続き部屋になっていた。
「ありがとうございます」
私は感謝の気持ちを込めて、深々とお辞儀をした。
夜壱さんは、いやいや良いんだよと言いながら、部屋に足を踏み入れた。
(あれ? なんで部屋に入るんだろう?)
「なんか飲む?」
「……じゃあ、お水を」
「水で良いの?」
夜壱さんは聞き返して、「お~い!」と人を呼んだ。
侍女らしき中年の女性が来て、彼女に水とお酒を頼んだ。
そして、部屋の奥に行って、胡坐をかいて座った。
私も遠慮しながら、少し離れて座る。
「ゆりちゃんさ」
「はい?」
「可愛いよね。彼氏いるの?」
「え! いえ、いません!」
可愛いなんて初めて言われたよ!
「うっそだぁ。そんなに可愛いのに」
明るく声を上げて、夜壱さんは近寄ってきた。肩と肩がぶつかる。
(何で近寄るんだろう?)
ちょっと疑問に思ったけど、距離をとるのも失礼な気がしてそのまま座っていた。
「いやいや。お世辞はいいですよ」
苦笑すると、彼は私の顔を覗きこんだ。
「本当に可愛いって」
そう言って、にこりと笑んだ。
心臓が少しだけ跳ねたのが分かった。
誰かに褒められるって、嬉しいな、やっぱ。お世辞だとわかっちゃいるんだけどさ。
「――おい!」
突然、ピリッとした声音が廊下から飛んできて、私達は廊下に続く障子を振り返った。
「影也!」
「毛利さん」
「え?」
(知り合いなの?)
私がきょとんとしている間に、夜壱さんは駆け出した。
嬉しそうに、毛利さんの肩をぽんぽんと叩く。
「ひっさしぶりだなぁ。おい! 元気だったか?」
「まあな」
素っ気無く答えて、毛利さんは私を見据えた。
「帰るぞ」
抑揚なく言ったけど、表情はどことなく不機嫌な気がする。
「お知り合いですか?」
おずおずと尋ねると、毛利さんの眉が面倒そうに一瞬跳ねた。
「知り合いもなにも、幼馴染だよなぁ」
「え? そうなんですか?」
「そうそう!」
失礼だけど、毛利さんに友達がいたなんて……。いや、本当に失礼なんだけど。
毛利さんって、そういうのいらなそうだったから。
「ゆりちゃんもこいつと知り合いなの?」
「そうですね。なんて言ったらいいのか、まあ、お世話になってます」
「へえ。そっか、仕事関係かなんかでか?」
「おい。帰るぞ」
話が弾みそうになった途端、毛利さんが遮った。
「まあ、そう言うなって。久しぶりなんだし、一緒に酒でも飲もうぜ」
「誰が飲むか」
毛利さんは不機嫌に一蹴した。
一瞬、能面のような無表情に怒りの色が現れた気がした。
「貴様はバカか。小娘」
「は?」
ええ? いきなりなんなの?
「何故、こんな男にすごすごついて行っている?」
「こんな男って」
夜壱さんが苦笑しながら呟いたけど、私も毛利さんもそれには構わなかった。
「それは、街でトラブルに遭って、助けてもらって、大通りに戻る道は知らないけど、自宅へ帰る道なら分かるからって。それで、泊めてもらおうとしただけだよ」
私は若干ムッとしつつも、真剣に答える。
すると、毛利さんは眉根を寄せた。
「自宅へ戻る道を知っていて、大通りに抜ける道を知らぬはずがないだろうが。頭を使え」
声音は静かだったけど、表情は明らかに怒ってた。
(珍しい)
けど、そこまでバカにしなくたって良いじゃんっ! 超むかつく!
「今回はこいつだったから口説かれるだけで済んだものの、無理強いするやつだったらどうするつもりだ? お前は、人を信じすぎる。もっと疑ってかかれ。ここは、お前の世界とは違うんだぞ」
毛利さんは真剣な瞳で私を見据えて、それでいて大真面目に叱った。さっきまでのムカムカが消えて、なんだか、すごく、申し訳ない気持ちになった。
たしかに、迂闊だったかも。
「……ごめんなさい」
小さく謝ると、毛利さんはため息をついた。
「大体、夜に出歩くなと言ってあったと言うのに、何故出歩いたりした。だから、こんなのに引っかかるんだ」
「おいおい。こんなのはねえだろ」
夜壱さんが明るく切り返すと、そこへ侍女がお酒とお水を持ってやってきた。
「ほら。酒もきた事だし、お前も座れよ」
夜壱さんがにこやかに笑いながら促して、毛利さんは無表情で座った。
彼は夜壱(よるいち)と名乗った。
お互いに自己紹介して、扉を開けると、毛利さん家よりは狭いけど、綺麗で広い廊下が伸びていた。
どことなく、お金持ちの屋敷、という感じがしてちょっと緊張する。
部屋に案内される間に、何人かの使用人さんと出会い、その中に女性も居たので、私はほっとひと息ついた。
心の隅っこでは、やっぱりちょっと不安だったみたい。
「ここ、好きに使って良いよ。開いてっから」
通された部屋は、二十畳ほどある大きな部屋で、続き部屋になっていた。
「ありがとうございます」
私は感謝の気持ちを込めて、深々とお辞儀をした。
夜壱さんは、いやいや良いんだよと言いながら、部屋に足を踏み入れた。
(あれ? なんで部屋に入るんだろう?)
「なんか飲む?」
「……じゃあ、お水を」
「水で良いの?」
夜壱さんは聞き返して、「お~い!」と人を呼んだ。
侍女らしき中年の女性が来て、彼女に水とお酒を頼んだ。
そして、部屋の奥に行って、胡坐をかいて座った。
私も遠慮しながら、少し離れて座る。
「ゆりちゃんさ」
「はい?」
「可愛いよね。彼氏いるの?」
「え! いえ、いません!」
可愛いなんて初めて言われたよ!
「うっそだぁ。そんなに可愛いのに」
明るく声を上げて、夜壱さんは近寄ってきた。肩と肩がぶつかる。
(何で近寄るんだろう?)
ちょっと疑問に思ったけど、距離をとるのも失礼な気がしてそのまま座っていた。
「いやいや。お世辞はいいですよ」
苦笑すると、彼は私の顔を覗きこんだ。
「本当に可愛いって」
そう言って、にこりと笑んだ。
心臓が少しだけ跳ねたのが分かった。
誰かに褒められるって、嬉しいな、やっぱ。お世辞だとわかっちゃいるんだけどさ。
「――おい!」
突然、ピリッとした声音が廊下から飛んできて、私達は廊下に続く障子を振り返った。
「影也!」
「毛利さん」
「え?」
(知り合いなの?)
私がきょとんとしている間に、夜壱さんは駆け出した。
嬉しそうに、毛利さんの肩をぽんぽんと叩く。
「ひっさしぶりだなぁ。おい! 元気だったか?」
「まあな」
素っ気無く答えて、毛利さんは私を見据えた。
「帰るぞ」
抑揚なく言ったけど、表情はどことなく不機嫌な気がする。
「お知り合いですか?」
おずおずと尋ねると、毛利さんの眉が面倒そうに一瞬跳ねた。
「知り合いもなにも、幼馴染だよなぁ」
「え? そうなんですか?」
「そうそう!」
失礼だけど、毛利さんに友達がいたなんて……。いや、本当に失礼なんだけど。
毛利さんって、そういうのいらなそうだったから。
「ゆりちゃんもこいつと知り合いなの?」
「そうですね。なんて言ったらいいのか、まあ、お世話になってます」
「へえ。そっか、仕事関係かなんかでか?」
「おい。帰るぞ」
話が弾みそうになった途端、毛利さんが遮った。
「まあ、そう言うなって。久しぶりなんだし、一緒に酒でも飲もうぜ」
「誰が飲むか」
毛利さんは不機嫌に一蹴した。
一瞬、能面のような無表情に怒りの色が現れた気がした。
「貴様はバカか。小娘」
「は?」
ええ? いきなりなんなの?
「何故、こんな男にすごすごついて行っている?」
「こんな男って」
夜壱さんが苦笑しながら呟いたけど、私も毛利さんもそれには構わなかった。
「それは、街でトラブルに遭って、助けてもらって、大通りに戻る道は知らないけど、自宅へ帰る道なら分かるからって。それで、泊めてもらおうとしただけだよ」
私は若干ムッとしつつも、真剣に答える。
すると、毛利さんは眉根を寄せた。
「自宅へ戻る道を知っていて、大通りに抜ける道を知らぬはずがないだろうが。頭を使え」
声音は静かだったけど、表情は明らかに怒ってた。
(珍しい)
けど、そこまでバカにしなくたって良いじゃんっ! 超むかつく!
「今回はこいつだったから口説かれるだけで済んだものの、無理強いするやつだったらどうするつもりだ? お前は、人を信じすぎる。もっと疑ってかかれ。ここは、お前の世界とは違うんだぞ」
毛利さんは真剣な瞳で私を見据えて、それでいて大真面目に叱った。さっきまでのムカムカが消えて、なんだか、すごく、申し訳ない気持ちになった。
たしかに、迂闊だったかも。
「……ごめんなさい」
小さく謝ると、毛利さんはため息をついた。
「大体、夜に出歩くなと言ってあったと言うのに、何故出歩いたりした。だから、こんなのに引っかかるんだ」
「おいおい。こんなのはねえだろ」
夜壱さんが明るく切り返すと、そこへ侍女がお酒とお水を持ってやってきた。
「ほら。酒もきた事だし、お前も座れよ」
夜壱さんがにこやかに笑いながら促して、毛利さんは無表情で座った。