私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~

 * * *

 最初はなんとなく気まずかったけど、話は弾みに弾んだ。と、言っても殆どが、私と夜壱さんとの間で、だけど。
 例えば、毛利さんの子供の頃の話とか。

「毛利さんって、子供の頃どんな子だったんですか?」
「どうもこうも、何も変わんねえよ。ガキの頃からこんなだよ。無表情が多かったし、何考えてるか全然分かんねえガキだったけど、やっぱ、昔から頭は良かったなぁ。ただ、喋り方はもっと砕けてたよなぁ?」
「知らぬわ」
 懐かしむように夜壱さんが言って、毛利さんは不機嫌に一蹴した。

「ほらな。昔は知らぬわなんて言わなかったもんな。昔は『知らないよ』だったか」
「〝よ〟!? よ、ですか!」
 私は半分驚き、半分はおかしくて聞き返すと、毛利さんにギロっと睨まれた。
 だって、毛利さんが『よ』なんて……。ふふふっ、笑える。似合わなすぎ。

「そうそう、もっとなよっとした喋り方だったよなぁ?『僕はそうは思わないよ。色んな意見があって良いと思うんだ』って感じか?」
 夜壱さんは、声音を華奢にして、手を組んで目を瞬かせた。

「いつの話をしている。十にも満たないときだろうが」
 呆れ果てたように言って、毛利さんはお酒を煽った。
「おっ。だんだん表情も出てきたじゃねえか。官吏になってから、お前の無表情も拍車がかかったし、喋り方も変わったし、俺は心配してたんだぜ?」
「鬱陶しいわ」
 不機嫌に見せかけているけど、どことなく嬉しそう。

「やっぱりお前、あのまま足運屋(そくう)やってた方が良かったんじゃねぇの?」
「そくう?」
「あれ。ゆりちゃんは足運屋知らねえ? 結構有名なんだけどな」

 夜壱さんはそう呟いて、足運屋の説明をしてくれた。
 足運屋とは、ドラゴンを貸し出したり、売ったり、買ったりする会社のことだ。
 通常、ラングルなどのドラゴンを持っているのは軍とお金持ちだけで、普通の人は旅をする時や、引越しのときに足運屋でドラゴンを借りて行くのだそうだ。

 旅先や、引越し先でドラゴンが返せるように、全国に足運屋が展開している。
 預屋(せきや)という下請け会社もあって、預屋は町に入るときにドラゴンを預かってくれるところなのだそうだ。

「その会社を造ったのが、こいつ」
 自慢するように言って、夜壱さんは毛利さんを指差した。

「ええ! すごいですね!」
「だろ」
「何を言っている。造ったときはお前との共同会社だったし、今は社長はお前だけだろ」
「え? 社長さんなんですか?」
「そうだよ。すごいだろ!」
 夜壱さんがわざと胸を張るので、私も「わ~!」と声を上げながら手を叩いた。

「こいつがさ、十五の時に会社造るって言ってさ。俺もう二十五だったんだけど――」
「え、じゃあ、今って?」
 当時二十五歳というセリフに引っかかって、思わず話の腰を折った。
 すると、夜壱さんは、口の前に人差し指を差し出した。
「秘密!」
「こいつはこう見えて年老いているからな」
「おいおい、それは酷いぞ! 俺はまだ、イケる!」

 毛利さんは無表情だったけど、二人は明らかにじゃれあっていた。
 なんだか微笑ましい。

「んで、まあ、こいつの話に乗っかってみたわけさ」
 夜壱さんは話を戻して、続けた。

「なのに、こいつはさ、三年ちょっとで辞めるって言い出してさ。俺は政界に行く。あとはお前に任せる。淡々と告げておさらばだぜ。酷くね?」
「なんで辞めちゃったんですか?」
「別に」

 私の質問に、毛利さんは答えを濁した。
 代わりにきっぱりと答えてくれたのは、夜壱さんだ。

「飽きたんだよ。こいつはいつもそうだからな。刺激的でやりがいのある事の方を選ぶわけだ」
「ふん!」
 図星だったのか、毛利さんは鼻を小さく鳴らした。

「んで、十八で官吏の試験に合格してさ。それからとんとん拍子に上がっていってなぁ。二十四だったか、二十五だったかで宰相になってなぁ。ありえない事だぜ。普通宰相になるつったら、四十歳越えてからだからなぁ」

 夜壱さんはお酒が回ってきたのか、目がとろみつつも、饒舌だった。
 お酒はすでに、熱燗らしき瓶が、十数本畳に転がっている。
 同じくらいお酒を開けているのに、毛利さんは何も変わらない。
 相変わらず、マネキンみたいだ。

「どんな魔法使ったんだよ?」
 夜壱さんは毛利さんに抱きつくように、肩にしがみついた。
「重い」
 毛利さんがきっぱりと言うと、夜壱さんは「ハッハッハ」と笑って、

「それにしても、お前が他人の心配して怒るなんてなぁ。お前も成長したなぁ。やっと愛が分かったかい?」

 ぼそぼそと夜壱さんは寝言のように呟いて、そのままズルズルと床に伏した。
 顔を覗きこむと、夜壱さんはすやすやと寝息を立てていた。
(愛がわかったかい? なんかの歌の歌詞みたい)
「寝ちゃったみたいですね」
「……帰るぞ」

 毛利さんは、どこか戸惑うように呟いて立ち上がった。
 表情は無いままなのに、なんとなく驚いて、戸惑っているように見えた。

「あの、原さんのこと怒らないであげて下さいね。私が無理に頼んだだけだから」
「ああ」
 意外。私の頼みを受け入れてくれるなんて。

「ただし、始末書は書かせる」
 ああ、両手広げて無罪というわけにはいかないみたい。
 ……ごめんね。原さん。

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