私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~

 * * *

 通された部屋は、さっきまで私が居た部屋だった。
 すっかり暗くなった部屋にランプを灯して、使用人は出て行った。
 部屋には、王と、柳くんと、私だけだ。
 王は、バルコニーに繋がるアーチ状の枠に片方の肩を預けて、外を眺めた。
 そして、おもむろに口を開く。

「数年前の事だ。ある男が、この国にやってきた」
 遠くを見る目をして、王は思い起こすように語り始めた。

「男は、この王都に妙な……そうだな。結界と呼んで良いだろうか。ドーム状の結界を張り、都に住まう者を人質にとった。その者が言うには、都のいたるところに札を貼り付けてある。その呪符が起動すれば、王都は壊滅すると告げた。都に住まう者全員が、逃げるすべなく死ぬだろうと。そして同じ物を、怠輪の至る町にしかけたと、そう告げた。男は試しだと言って、この町のある一角を吹き飛ばした。幸い死者は出なかったが、怪我人は多く出てな。これらを解除して欲しくば、千葉と爛、そして、倭和に軍を出せときた」

 王は私たちに向き直った。
「なるほどな。魔王を手に入れるためであったか」
 私を見据えるシャルシャ王は、憤っているようで、それでいて、哀しい瞳をしていた。
「怠輪はこの件には関わらない。お前達はすぐに千葉に帰す」
 撥ね付けるように言って、王はまた町へと目を向けた。

「一つ、質問いいですか?」
 あっけらかんとした、場に相応しくない明るい声音が響いて、私はビックリして目を丸くした。その声の主は、柳くんだ。
彼は片手を挙げた。

「その男の目的は、倭和だったんですか?」
 柳くんの質問に、王はどこかハッとした顔をした。

「……男は、陽動のために千葉と爛を攻撃しろと言った。手加減をすればバレかねないから、加減はするなと告げた。何が本当の目的だったのかは知らん。だが、狙っていたのは倭和だろう」
 王は重い口で答えた。
「怠輪は兵器や兵術の多くを知られていませんよね。千葉や爛、特に爛に甚大じゃないレベルの被害が出される事は、予期してましたか?」

 柳くんの口調は、決して責めている口調ではなかった。
 淡々としていて、それでいて明朗な声音だった。
 だけど、なんとなく罪悪感を感じてしまうのは、大戦時に無関係だった私だけではないと思う。
 私は、シャルシャ王を窺うように見た。
 けれど、王は私の予想に反して、毅然としていた。

「ああ。予期していた」
 そう告げた声は、曇りのないものだった。
「では、倭和で自軍に相当な被害が出るのも覚悟してたってことですね? だから、二万あまりしか送らなかった。そっちが本命なのにも関わらず」

 柳くんは相変わらず、悪意なく、明朗に質問した。
 まるで、教科書の答えの確認をしているみたい。
 王は、柳くんの質問にまた毅然と答えた。

「その通りだ」
 そして、凛とした瞳でこう告げた。

「怠輪の王は、怠輪の民のためだけにある。例え、他国の者が多く死ぬ事になろうとも、怠輪の民が優先される」

 王は毅然と言い放ち、使用人を呼んだ。
 私達は使用人に促され、部屋を後にした。
 その際見た王の背中は、もう話すことは無い。そう物語っていた気がする。
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