私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~
* * *
それから階段に向い、しばらく降りたところで、ぶるっと身震いが走った。
(やばい。トイレ行きたい)
地下街まではまだまだ先だ。
私はずっと続く闇の底のような階段を見下ろした。
これは、戻った方が速いだろうな。
「すみません。私トイレに行ってきて良いでしょうか?」
「あ、戻りますか? では私達も」
「いえ。すぐ済みますので、お二人は先に下りていて下さい」
階段も大分下りた所だと言うのに、一緒に戻ってもらうのは忍びないないもん。
二人は顔を見合わせて、頷いた。
コウさんんは少し不安げだったけど、「では、下で待っていますね」と言って階段を下り出した。
私は階段を早足に上って、廊下に出た。
地下の門の番兵にトイレの場所を聞いて、私はそこに駆け込んだ。
* * *
「ふい~。間に合った。間に合った」
トイレから出ると、一息ついた。
「さて、戻らないと」
独りごちながら、廊下を歩き出すと、少し離れた場所に見知った顔があった。
「あれ、柳くんだ」
(柳くんも仕事かな?)
そうだとしたら、声をかけるのは憚られるけど、でも怠輪から帰って以来会ってないんだよね。
(挨拶するくらいなら、良いよね)
私は声をかけようと駆け出した。
廊下の角を曲がるのが見えたので、急いで駆けて廊下を覗くと柳くんが部屋に入るのが見えた。
「失礼します」
こそっと、障子に手をかけて、覗いてみる。
「あれ?」
私は障子を開けた。てっきり使用人部屋かなんかだと思ってたのに、誰もいない。部屋はどことなく不気味に静まり返っている。
部屋がもう一つ、奥に続いている。障子は開かれていた。
そろっと部屋に足を踏み入れた。
なんとなく不安と緊張がやってきて、私はなるべく気配を消すように、そろそろと部屋の奥へと足を運んだ。
すると、奥まった場所から何かを開ける音が聞こえた。
障子ごしに覗き見ると、丸い窓が開かれていた。
窓の手前には障子がある。さっきの音は、これを開ける音だったんだ。窓の前に、少年の姿があった。
柳くんだ。
彼は、祈るように目を閉じていた。
そして、おもむろに瞼を開けた。
「見ていてもいなくても、時間ですから報告しますね」
(独り言?)
でも、いつになく真剣な表情……。なんだか、ドキドキする。ときめきの方じゃなくて、不安で……。
(もしかして私、何かいけない場面を見てるんじゃないかな?)
「では行きます。ヤナギから夕闇の鶴へ。竜王書第三巻を岐附一派が入手。六代戯王のエネルギー原を知られた模様。甲斐凋にて、我らが仲間と接触。〝彼女〟は僕の事を知らなかったんですね。かなり怖がらせてしまったようです」
柳くんはくすっと笑った。
それにしても……。
一人だよね?
どこをどう見ても、誰の姿も見当たらない。
この部屋には、柳くんと私だけだ。
(すごい、長い独り言だな……)
呆れるような、感心するような気持ちで、心の中で呟いた時、
「毛利さんには、これから――」
柳くんが、途中で何かに導かれるように振り返った。
大きな瞳の中に、険しさを映した柳くんと目があった。
「あっ」
声を出した瞬間、私の頬すれすれに、クナイが飛んできて、奥の障子に突き刺さった。
「あっ」
今度は柳くんが驚いて声を出した。
驚きと恐怖で固まる私に、柳くんは気まずそうに笑んだ。
「こんにちは」
「……こ、こんにちは」