私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~
第八章・ご報告その二
 暮れ始めた夕日が、雪の上をきらきらと反射している。
 それを城の丸窓から眺めながら、毛利は巻物を机の上に置いた。
 闇を落とし始めた部屋は、静寂に包まれていた。

「さっき、彼女に会いましたよ」
 突如響いた明朗な声に、毛利は振り返った。
 そこには、薄っすらと笑みを浮かべた柳が立っていた。

「小娘か?」
「はい」
 毛利の確信めいた問いに、柳はこくりと頷いた。

「あの人、気配全然ないですね。僕、びっくりしましたよ」
 柳は話のついでと言うように、軽い言い方で告げた。
 毛利は、少し考えた後、抑揚なく言った。

「おそらく、魔王の力だろうな。気配を消そうと思うと、無意識に魔王の力が発動するんだろう」
「魔王、魔王って言いますけど、結局彼女の能力ってなんなんですか?」

 柳の問いに、今度は答えずに、毛利は黙り込んだ。
 毛利もそのことについて考えたことはあった。
 だが、推測は出来るものの、核心には至らず、今日まで答えは出ていない。
 毛利は素っ気無く、話を切り替えた。

「それで?」
「ご報告にあがりました」
「話せ」

 柳は単調で、それでいて快活に報告を開始した。
「岐附の甲斐凋(かいちょう)にて、花野井一派と接触に成功。伝令を伝え、竜王書第三巻を読んでまいりました。どうやら、彼らは三条家に潜入し、本物の封魔書を入手するのを諦めたようですね」

「まだ分からぬ」
「そうですか?」

 柳の問いに、毛利は答えなかった。
 欲しいのは推測ではなく、確信であったからだ。
 それを読み取って、柳は、「誰か送っときます?」と気を使ったのだが、毛利にあっさりと一蹴された。
「情報部は動かさぬ。小娘のことが露見すると面倒だ」

 情報部とはその名の通り、宰相直属の情報部隊だ。
 各国に散らばり、様々な情報を収集してくる。
 諜報活動が彼ら情報部の仕事だ。

 ある国では、戦争に参加せず、隔絶された部隊として存在するが、千葉では、情報部も戦争に参加する。

 軍の位置づけで言えば、斥候部隊の最上位だ。
 斥候部隊は、敵軍の偵察部隊で戦争時のみ活躍するが、情報部は、戦時下でないときも戦時中であっても他国へ侵入する。

 元々は宰相直属ではなく、軍の部隊であったが、毛利が自分直属に変更した。
 それからは、他国だけでなく、自国の情勢を調べるためにも部隊を派遣している。
 だが、軍との繋がりがいまだに切れていない者も多く、情報が漏れる危険性もある。
 毛利はその事を危惧していた。

 なぜなら毛利は、王の許可を得て魔王復活の儀に赴いたわけではないからだ。
 自身で決め、信頼の置ける少数部隊で倭和へ赴いた。
 その少数部隊にも、魔王の事は告げていない。
 同盟条約だと王にも少数部隊にも告げていた。

「それに、どうせ貴様らが動いているんだろう?」
 毛利の試すような問いに、柳は思わず苦笑した。
「動いてても、情報は流せませんよ」

 分かってるでしょう? そう促すように毛利を見据える。
 しかし、毛利は苦笑するでもなく、嫌な顔をするでもなく、満足げに笑んだ。
 それはむろん、心の中であったが、毛利の僅かな表情の変化に、柳は目を丸くした。
「あー! 試しましたね?」
 わざとらしく驚いて見せて、柳は憤慨して見せた。
「お前の珍しい苦笑が見れて、楽しかったぞ」

 淡々と言って、毛利は僅かに意地悪そうに笑んだ。
 柳は密かに眉を顰めた。その実照れくさかった。
 思わずの苦笑は本音の証だったからだ。
 珍しい本音が窺えて楽しい――そう言われたのも同義だった。

「元々、貴様らに期待などしておらぬ。契約した時もそうであったからな」
 突っぱねるように毛利が言って、柳は微かに眉根を寄せた。
(本当に、油断のならない人だなぁ。今のだって、あわよくばってのが入ってたんだろうし)
「毛利さんって、見かけによらず強欲ですよね」
「……」

 嫌味を含んで聞こえないのは、快活な口調だからだが、本心でもあるからだ。だが、柳の言葉を受けて、毛利は不快そうに僅かに眉を寄せた。
 それは、図星の他ならなかったからだが、毛利は肯定も否定もせずに黙り込んだ。

「物には頓着がないのに、知識欲に関しては強欲ですよね。チャレンジ精神が旺盛で。僕、そういうとこ好きですよ」
 毛利は胡乱気に眉を吊り上げた。
「あ。信用してませんね」

「――それで、竜王書三巻の内容はどうだったのだ?」
 柳の快活な笑みを無視して、毛利は頓挫した報告を促した。
「ああ。そうでした、そうでした」
 柳は思い至ったように手を叩く。
「では、覚えてきた内容を言いますね――」
< 37 / 103 >

この作品をシェア

pagetop