私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~
* * *
柳くんと私は、同じ部屋に通された。
使用人は出て行くと、すぐに鍵を閉めた。
(これじゃあ、トイレにも行けないじゃない)
でも、文句を言う気にもなれず、二つ並べてあるベッドのうちの一つに腰掛けた。
「不満そうな顔ですね。お姉さん」
(うっ、バレたか)
弾むような問いに、私は柳くんに顔を向けた。
「う~ん、なんか納得できなくって」
「なにがです?」
「自国のためなら、他国の者はどうなっても良いって、なんかなぁって」
「僕は立派だと思いますけどね。僕がもし民という生き方をするのなら、そういう王の下が良いと思うけどな」
「え~!? なんで?」
柳くんの意外な答えに、私は不満たらたらで訊ねる。
「二百年ほど前になりますかね。この世界は九つの国ではなく、もっと細分化されてたんですよ」
「へえ、そうなんだ」
なんか、興味をそそられる話じゃん。
「その時にね、鎖国していた国があって、他国に無理やり開国させられちゃったんです。鎖国してた国、日輪(ひわ)国は、独自の文化とか発達してたんですよ。でも、鎖国をしていて、平和だったので、その国民は優しかったんでしょうね。その当時、世界で当たり前だった奴隷制度を廃止した方が良いと、国際会議で進言したんです」
ベッドにぼすんと勢い良く座って、柳くんはぽつりと呟いた。
「国際会議は今はもう無いですけど」
その様子は残念そうと言う感じではなく、淡々としていた。
「そしたらね、当時勢いのあった国に睨まれちゃって。各国に日輪への輸入を止めるように言ったりとか、嫌がらせをし出して。その内世界情勢が不安定になって、戦争が起こるようになったんですよ。どんどん戦火が日輪にも迫ってきて、いよいよ自分たちも危ないんで、自国と、隣国諸国を守るために、討って出たんですね」
「うん」
「当時、植民地にされた国は酷い目に遭ったらしいですけど、日輪が占領した国はそうなる事は無かったんです」
「優しかったから?」
「そう。多分ね。他国のために道を整備してあげたり、学校を広めたりしたんですが、結局負けてしまって。そうしたら、植民地だった国の者達は掌を返したようになったんです。――僕の言いたい事、分かります?」
良く分からない顔をしていたからなのかな、そう訊かれてしまった。
「うん、ごめん。分からない」
「つまりは、こういうことです。自国は自国の事しか考えちゃいけないんです」
「なんで?」
疑問だらけで聞き返すと、柳くんは大きい目を更に大きくして、ちょっと言葉に詰まった。
「……う~ん。どう説明したら良いのかな」
口ごもって、柳くんは顎に手を当てた。
「うん。政治の話をしましょうか」
割り切るように言って、柳くんは顔を上げた。
「政治とは、自分の国の利益になることを考える事を示します。先程話した国々も、日輪国以外は、自国の利だけを考えていました。開国させた国は、日輪国が保有していたドラゴンを会得したかったから開国させたし、奴隷制度撤廃を跳ね除けた国々も、利益を取られるわけにはいかないから跳ね除けた。掌を返した国は、敗戦国の汚名をきないために日輪を裏切った。汚いと思いますか?」
「思う。嫌い」
私がはっきりと答えると、柳くんはやっぱりと言う感じで頷いた。
「でも、それが政治です。王や文官は、自国の事しか考えちゃいけないんです。でなければ、日輪国の二の舞になります。世界で戦ってはいけません。彼らは優しい国民性で、争いも元来好きではなかったと聞いてます。でも、世界は自国の利のみを考える官吏でいっぱいです。そんな中で、他を慮ってはいけません。そんな思いやりは政治の世界では通じません」
ふ~ん……そうなのか。
「政治の事は良く分からないけど、それってなんだか哀しいね。みんな仲良く出来たらいいのに」
私は素直に思った事を口にした。
すると、柳くんはなんだか複雑そうな顔をして、
「僕も、国とか、そんなのは嫌いです」
と、ぽつりと零した。
(どうしたんだろう?)
私は曇った顔の柳くんを元気付けようと、声の調子を上げた。
「でも、詳しいんだね」
「これ皆、毛利さんに教わった事ですから」
柳くんは、あっけらかんと言って、目を細めて笑った。
元気が出たみたいだ。よかった。
「怠輪国も鎖国前に戦争で手痛い傷を負って、それから鎖国にしたんですよ。歴史を見習って、他国に干渉しないようになったんです。鎖国しちゃえば、ほぼ自国の事のみを考えていられるし、怠輪には天然の要塞がありましたからね」
「へえ。そうなんだ。ちなみに、その日輪国ってどうなったの?」
「滅びましたよ。その負けた戦の時に。生き残りもいましたが、国はなくなったので、各地に散ったらしいです」
「……なんか、哀しいね」
「そうですか? まあ、そうなんですかねぇ」
沈んだ調子の私に対して、柳くんは明るかった。
相変わらず、ハキハキとした調子で喋る。
「まあ、鎖国にしてもデメリットはありますよね。王が不埒者だったら圧政されるだろうし。昔、今はもうない国ですけど、その国で王が民を虐殺したところがあって。結局民に打たれて国は滅びましたけど、そういう時に鎖国中だと国外へ逃げられませんからね」
「へえ……」
私は相槌を打ちながら、柳くんって、歴史が好きなんだなぁと感心した。
歴史っていうよりは政治なのかなぁ?
もしかしたら、歴史と政治って密接な関係があるのかも。
まあ、私は政治経済の専攻とってなかったし、歴史の授業なんて、居眠りしてる時が多かったけど。
一番多かったのは数学のときだけど。
それから、数時間喋って、私たちは眠りについた。
その殆どが、柳くんによる授業だったけど、不思議と学校の授業より楽しんで聞けた。