私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~
* * *
「もう。急に休むのって、迷惑なんですよ?」
薄暗いトンネルを通りながら、私は憤慨して見せた。
夜壱さんや他のみんなの迷惑になるっていう自覚はあったけど、でもなんか嬉しい。だけど、そんなの出すわけにはいかないから、わざとムスッとしてみせた。
でも、毛利さんは当然のことのように言った。
「過ぎた事をいつまでもぐちぐちと言うのは、愚かしい。許可も得た。何の問題がある?」
無表情ではあるけど、胸を張ってると言っても過言じゃない。
「……毛利さんて、よく分からないですよね。そういうの嫌いな堅物って感じなのに、堂々とルール破ったりする。ほら、私を誘拐しようとした時とか! あれって、屋敷にいる間に私を落とすっていうルールだったんでしょ?」
私は声高に人差し指を振った。
毛利さんは、それを見て僅かに眉根を寄せた。
「俺は別にルールを破っているつもりはもうとうない。出来るからやるだけ、それだけだ。試してみる価値があるのにやらないのは、臆病者か怠惰者か、愚か者だ」
ふ~ん。こういうのって、バイタリティ溢れる人っていうのかな?
でも、普通、変化を怖がったり、他人に気に気を使ったりする人の方が多いと思うけど。もしかしてこれって、日本人の考え方なのかな?
「それにしても、よくそんなに快活に話せるものだな。自分が利用されていた事だぞ?」
毛利さんの問い掛けに、私は思わず目をぱちくりとさせた。
そういえば、そうだな……。なんでだろう?
「そうなんですけど……なんででしょうね? 結構、あっけらかんと話せるものですね。
ほら、これが毛利さんが言ってた『過ぎた事をいつまでもぐちぐちと言うのは、愚かしい』って、ことなんじゃないですかね?」
「……貴様の場合は、どうなんだろうな」
若干呆れるように言って、毛利さんは「ふっ」と笑った。
その笑みは優しい春風を受けたときのように穏やかで、私は驚いてしまった。
いつもの、分かるか分からないかくらいの微妙な表情の変化じゃなかったからだ。
明らかに、彼は笑んでいた。
だけど、次の瞬間はもう、いつもの能面だ。
「毛利さんって、本当に分かんない」
私は、ぽつりと呟いた。
表情が無いと思えば、露骨に出たりする。
何を考えているのか理解が出来ない。
だけど、だから、知りたいと思ってしまうのかも知れない――そんなことをふと思って、胸が切ないような気がした。
「毛利さんって、今と変わらない感じの子供だったって聞きましたけど、本当に? その頃から、無表情だったんですか?」
「俺自身は、無表情だと思った事は無いが、子供の頃から表情が無いとは言われたな」
「笑ってたりしても、そう見えないってことですか?」
「そういう事だ」
「それって、ちょっと寂しいですよね」
私はちょっとしんみりしてしまったんだけど、毛利さんはからかうような笑みを僅かに浮かべた。
「そうか? 感情が相手に駄々漏れになるよりは、遥かにマシだと思うがな」
「それって、私のことですか?」
わざと睨むと、毛利さんは「ふっ」と小さく笑った。
「だが、実際問題、政権争いなんぞに関わっていれば、考えを読まれない方がやりやすい。そういう事もある」
「なるほど」
仕事柄ということもあるんだろうな。
私は納得して前を見据えた。そこに、
「貴様は……帰りたいとは思わぬのか?」
「え?」
突然出たセリフに驚いて振り返ったけど、毛利さんは無表情で何を考えてるのかは分からなかった。
だけど、微妙に戸惑っているような気がした。
「そりゃあ、帰りたいですけど。冬の間は町の移動も困難でしょう? だから、冬の間はここにいるしかないじゃないですか」
私は咄嗟にそう言った。
それも真実だったけど、最近では元の世界のことを考えもしなかった。それに気づいて、私は内心動揺した。
なんで、かなこや家族のことすらも考えなくなってたんだろう。
チラリと毛利さんを覗き見る。
薄暗い中、オレンジ色のランプに反射して光る瞳を見つめながら、ふと過ぎった。
(ここに私が映れば良いのに……)
ハッとして、思い切りかぶりを振る。
(いやいやいや! 帰る! 冬が終わったら絶対私は帰るんだから!)
そう自分に言い聞かせて、私はうんっと勢いよく頷いた。