私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~

 * * *

 泉は、透き通るような青色をしていた。
 泉に氷が張り、空の色が反射して眩しいくらい。
 いつか倭和で見た、あの泉よりは負けるけど、それでも大きな泉だった。
「素敵ですね」

 私は白い息を吐きながら、森に囲まれた泉を見渡した。
「だろう」
 毛利さんはどこか満足げに言って、空を見上げた。つられて私も見上げる。空は、雲ひとつない青空が広がっている。
 どこまでも突き抜けていきそうで、気持ちが解放されるような気がした。

「こっちへ来い」
 毛利さんがやわらかな声音で言って、私の手を取った。
 私はその手に導かれるままに、歩く。
(どこに行くんだろう?)
 ぼんやりしていると、毛利さんは氷を張った泉の上に乗った。

「え!? ちょ、ちょっと!」
 毛利さんは手を引くのを止めない。引っ張られて、私も泉の上に足を踏み入れた。
 
 ツルリと滑って、バランスを崩しそうになり、毛利さんが私の腰に手を回して支えた。毛利さんは、悪戯っぽく笑んだ。
 戸惑う私に構わずに、彼はそのまま氷の上を滑り出した。
 当然のごとく、私も氷の上を滑る。

「わわわっ!」
 慌てて毛利さんにしがみつく。密着していると、毛利さんにリードされて、勝手に体が動いた。
 冷たい風を頬に受けながら、広い泉を二人でくるくると回る。
 不意に毛利さんが腰に当てていた手を離して、私をくるりと回転させた。

「きゃあ! あははっ!」
 びっくりしたけど、楽しい。
 私は小さい子供の頃に戻ったように笑った。
 それを見て、毛利さんが優しく微笑む。

(なんで、そんな顔するの?)

 心臓が高鳴る。
 私達は、見つめあったまま泉の中心まで滑っていった。
 ドキドキする。
 心臓が苦しいのに、嫌な感じがしない。
 ずっと、この鼓動を聞いていたい。

 毛利さんの金色の瞳が、陽光に光った。
 唇が何かを言おう動いた、そのとき。
――グウウ。
 特大音量でお腹が鳴った。

 お腹の虫は、私の胃の中で暴れる。
(信じらんない、私のバカ! 恥ずかしい!)
「……くっくくっ――ハハハッ!」

 私は目をぱちくりとさせた。
 信じられないことが、また起きた。
 毛利さんが声に出して笑ってる。
 ありえない出来事に、私は唖然とし、そして次の瞬間には、一緒になって笑い出した。
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