私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~
* * *
「なんか、懐かしいな」
「なにがだ?」
陸上へ上がってすぐにぽつりと呟いた言葉を、毛利さんが拾った。
振り返った毛利さんを私は見据えた。
「倭和にいたときに、ほら、みんなが魔王を得るために私を恋に落とそうとしてたことを、毛利さんが暴露した日があったでしょ?」
「ああ」
毛利さんは、どこか気まずそうに呟いた。
「あの日の夜に、私、屋敷を抜け出したんです。ゴンゴドーラにでも食われてやろうと思って」
「は!?」
笑った私に対して、毛利さんは驚きを隠さなかった。
毛利さんが驚いたのなんて、初めて見た。
珍しいのと同時に、毛利さんには悪いけど、なんだかおかしい。
「もちろん、本気じゃないですよ。でも、やけくそになってて。そしたら、雪村くんに会ったんですよ。私、雪村くんに八つ当たりみたいなことしちゃって」
毛利さんは、雪村くんの名前を聞いた途端、微妙に片方の眉を吊り上げた。
それに気づいてはいたけど、私は特に気にせずに話を続けた。
「泣いちゃったりして。恥ずかしかったんですけど、でも、スッキリして。それで吹っ切れたんですよね。なんていうか、そっちがその気なら、こっちだってやってやるわよ! みたいな。今となっては、雪村くんのおかげかなって思ったりして。今のこの感じが――」
その時と似てる――。そう続く言葉を、私は最後まで言い切れなかった。
毛利さんが、私の腕を強く引いた。
腰に片手を回し、私の目を真っ直ぐに見る。
「俺の前で、他の男の話をするな」
――え?
「貴様がどう思おうが構わない。俺は、もう認める。十分な確証も得た」
どういうこと? そんな疑問は、声に出せなかった。
毛利さんが、真剣な瞳で強く私を見つめていたから。
「俺は、お前が好きだ」
突然の告白に、私の心臓は激しく跳ねた。
顔が紅潮していくのが分かる。
「この先俺が、人を好きになる事は、多分一生ないだろう――お前だけだ」
お前だけ――毛利さんは、そう、消えうりそうな声でもう一度呟いた。
「俺を、受け入れてくれ。ゆり」
毛利さんはそう囁いて、顔を近づけた。
どうしよう――そんな迷いは、私の中にはなかった。
私も、認めざるを得ない。
毛利さんのキレイな瞳を見つめながら、私は静かに目を閉じた。