私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~
* * *
「そんなに修行付けにしなくっても良いんじゃねえの?」
地下への階段を下りながら、夜壱は毛利に尋ねた。
毛利は視線を移すこともなく、階段下を眺めながらぼそっと呟いた。
「他の者が魔王を諦めたとは限らぬ」
「は?」
呟いた声音から感情は窺えなかったが、内心では不安が渦巻いていた。
黒田の情念、風間の企み。花野井にも事情がありそうだし、三条雪村は置いておくにしても、他の者が魔王を諦めるとは毛利には到底思えなかった。
何故、恋愛に落とす必要があるのか、その謎は解けていたが、どこか得心しきれない自分がいる。
そもそも本当に、心を空にする必要があるのか? したとしても本当に呪不で操れるようになるのか。作った本人ならまだしも、他の能力者が倭和の転移の廊下と同じように呪符を扱えるのだろうか。心を操る術はそれほど簡単なものではないだろうと毛利は考えていた。そして、その辺りの詳しい説明は風間から一切受けていない。
何かしらの情報を掴もうと柳を動かしてはいるものの、まだ上々といえる成果は得られていない。毛利の不安は尽きなかった。
そんな事情を知らない夜壱は怪訝に首を傾げる。
毛利は夜壱を流し見て、「なんでもない」と、あしらった。
ゆりが元いた世界に帰るのが一番安全なのだろう。
花野井の調査次第で、ゆりが帰る道も見つかるかも知れないが、毛利はゆりを帰す気はもうとうなかった。
いつ何時何が起こっても良いように、魔王の力をコントロールしておく必要がある。
魔王の力に一介の能力者が太刀打ちできるとは思えないからだ。
だからこそ、真剣に修行に励んで欲しいのに、ゆりのやる気のなさに、毛利はイラついていた。
だからと言って口に出して伝えられるほど、毛利は器用でも素直でもない。
毛利は、言い知れない不安と、胃が痛むようなイラつきを感じながら、地下へと続く暗い階段を下りていった。