私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~

 * * *

 その日の夕方、日が暮れてすぐに毛利さんが帰宅した。
 ちょうど廊下を歩いていたところで鉢合わせた毛利さんは、出迎えたコウさんにコートを渡していた。

「おかえりなさい」
「ちょうど良かった。これから食事に行くぞ」
「え?」

(二人で外で食事なんて、初めて!)
 私は嬉しくて、大きく手を挙げた。
「やった!」

 毛利さんは一瞬やさしく笑んで、すぐに無表情に戻った。
(ずっと笑ってれば良いのに――って、無理か)
 でも、私、毛利さんの微笑んだ顔好きなんだよね。

「どこで食事するんですか?」
「時夢亭(じむてい)だ」
 
 時夢亭と言えば、料亭だ。
 高い地位の官吏やお金持ちしか行けないのだと、コウさんに聞いたことがある。
 街の中心に、白川郷のような建物ではなく、蛙蘇でみたような黒い木材で、京都や東京の料亭のような江戸時代風の造りで建っていて、かなり目立つ。

「そんな高級なとこ行くんですか?」
 驚いた私に、コウさんが付け足すように言った。
「毛利様は、お立場がございますから」

 毛利さんは、高級だとか、庶民的だとかは気にしない人だ。(というか、食事自体に関心がないんだ。食べれれば良い、みたいな人だから)
 でも、外で食事となると、人の目がある。宰相という立場から、おのずと高級店になる――ってことか。

(緊張しちゃうなぁ……)
 あの門構えの店に入るって思うだけで、自然と緊張してくる。でも、同時に楽しみだったりもするんだよね。
(どんな、美味しいご飯が待ってるんだろう!)
 私がわくわくに身を包んだときだ。

「毛利様! 大変でございます!」
 廊下をバタバタと騒がしく走りながら、狩衣を纏った男性が声を張り上げた。
 三十代後半くらいの男性は、原さんや他の兵士を伴ってやってきて、肩で息をしながら膝をついた。

「ご報告申し上げます! 第一門の氷結竜の巣で、氷結竜が死んでいるのが発見され、全滅が確認されました」
(え?)
 脳裏にあの洞窟と、親子の顔が過ぎる。

「全滅が確認されたのは、第一門だけか? 他の門での死亡は?」
「現段階で、他の門での死亡確認は取れていません。全滅したのは、第一門だけでございます」

 毛利さんは焦った様子もなく、無表情で確認を取った。
 そして、顎に手を置いて、少し考えたあと、

「調査隊を送って死亡原因を突き止めろ。それまでは輸出は行わない」
「はい!」

 男性は勢いよく答えて踵を返した。
 毛利さんは、私を振り返って、
「すまぬな。今夜の食事は中止だ。行ってくる」
「行ってらっしゃい」

 少し残念だけど、しかたない。
 私は軽い気持ちで送り出した。

 私も、きっと、そこにいた誰もが、すぐに事態は収まるものだと思ってたんだ。でも、そうはいかなかった。
 もしかしたら毛利さんだけは、ああなることを予測していたのかも知れないけど。
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