私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~

 * * *

 氷結竜の巣である洞窟は、五箇所あった。
 私達が行った山に二箇所。その隣の山に一箇所。その隣が二箇所だ。そこをそれぞれ、第一門、第二門、という風に呼んでいる。

 私達が行った洞窟は、第三門で、同じ山のもう一つが第二門。その隣が、第一門で、その隣の山が、第四門と第五門だ。

 野生の氷結竜の巣だったら、もっとたくさんあるんだけど、あの一族が運営しているのは、その五箇所だった。

 あの親子が育てている氷結竜はとりあえずは無事なようだったけれど、一週間が過ぎた頃、第五問でも氷結竜の死亡が確認される事態が起きた。

 第一門のように、全滅はしなかったけど、かなりの数の氷結竜が死んだ。
 その生き残りから、ウィルスが発見されたのが、それから一週間後だった。
 そのウィルスは、氷系のドラゴンの間で稀に発症するらしい。
 冬から春になる時に活発になり、春に入ると落ち着き始め、真夏になれば完全に沈黙する。

 そのウィルスの感染が認められてから三日後、今度は第二門でも感染の報告が上がった。けれど、幸い、数匹の確認で済んだ。
 それから二週間が経った頃だ。

 冬も終わりの様相を見せ始め、人が地上の街を闊歩し始めた。
 私も、地上の街を歩いてみようと、コウさんと原さんと一緒に街に出ていた。

 安土の周辺には雪がまだまだ積もっていたけど、安土の中は雪が殆どなかった。
 これは、雪を掘って巣穴を作る雪熊(ゆきぐま)と呼ばれる、大きなモグラの習性を活かして雪かきをしたためだとコウさんが教えてくれた。

 そんなわけで、私達は快適に街を回れたんだけど、城の周辺へ来た時、喧騒が耳に響いてきた。
 城の門の前で、大勢の野次馬が出来ている。
 その先頭から、大きな怒鳴り声が聞こえてきた。

「農商務省大臣に会わせろ!」
「輸出を再開させてくれ!」

 必死な声に惹かれるように、私は野次馬に近づいた。その間から、見知った顔が覗いた。
 あの洞窟で出会った女性だ。
「おかあさん?」

 名前が分からないので、少年のお母さんとして呼ぶと、女性は不安げな表情のまま振り返った。
 女性の近くには、少年がいる。

「あなたは、毛利様の」
「こんにちは。お久しぶりです」
 私が挨拶をすると、女性は少年の手を引いて、人波をかき分けてやってきた。女性は必死な表情で私を凝視した。
「毛利様に会わせて頂けませんか!」
「え?」
「それはなりません」
 厳しい声音に振り返ると、コウさんが険しい顔で立っていた。
 その横には、めんどくさそうな顔をした原さんがいる。

「でも、会うくらいなら良いんじゃないですか?」
「しかし!」
 暢気に言った私に、コウさんは焦った声音を上げた。
 それを、原さんが、まあまあと言って制止する。

「会わせるも会わせないも、俺達が決められる事じゃないだろ」
 そう言って、私に向き直ると原さんはにこりと笑って、しっかりとした語調で言った。
「谷中さんに一任しますよ」
 
 そんなに、重要なこと? 彼女と毛利さんは知り合いみたいだし、別に会うくらいなんともないんじゃないのかな?

「じゃあ、毛利さんの屋敷で待ったらどうでしょうか? 仕事場には私じゃ入れないし」
「本当ですか!? ありがとうございます! みんな、こっちよ!」
(みんな?)
 訝しがった私の前に、野次馬をかき分けて、男女合わせて十人が現れた。

(マジで? 親子だけじゃないの?)
 私は驚いて、コウさんと原さんを見た。
 原さんは普通の表情だったけど、コウさんは小さくため息をついていた。
 あれ……もしかして、私、まずったかな?
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