私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~
第二章・再会
随獣(ずいじゅう)という、大きなワニのようなドラゴンが曳く船に揺られること、十四時間。私達は、蛙蘇にたどり着いた。
船室から出ることを許されなかったから、紅海の様子は見れなかったけど、乗っていた感じは、普通の船と変わらなかった。
そんな理由から、蛙蘇の町を見たのは、船から下りたあとだった。
下りるさいに、怠輪の兵士達は、民間人の格好に着替え、私達に付き添った。
私と柳くんは、何故か怠輪の女の人が被るベールのような布を被された。
その理由が分かったのは、船の出入り口に、千葉の兵士がいて、その人達に一人ずつ木の板のような物を見せている時だ。
私達の番になって、私の後ろにいた怠輪の兵士が、三つの木の板を千葉の兵士に手渡した。
そのさい、ちらっと見えた木の板には、二つが女の人の名前が書かれていて、もう一つは、男の人の名前が書かれていた。
千葉の兵士は「いいだろう」と頷いて、私達は船を下りた。
多分、あれはパスポートの役割なんだと思う。
怠輪には私達みたいな肌の人がいないから、それを隠すには女の人の格好が都合が良かったんだ。
船から降り立った私は、賑やかな港町を見渡した。
蛙蘇の町並みは、黒が基調の木材建築で、黒い木材という点を除けば、小学校の時に修学旅行で行った、江戸村にそっくりだ。
江戸村の港町版と言った感じかな。
柳くんにこっそりと、木材が黒いのは、塗ってるから? と尋ねたら、柳くんは首を横に振った。
木材が黒いのは、塗っているわけじゃなくて、元々黒い木を使ってるんだそうだ。
その木は、潮風による湿気に強いらしく、千葉の港町の殆どはその木を使って建てられるらしい。
「へえ」
と、私が納得しながら、町を眺めていると、後ろからぼそぼそと、
「何をしている。早く行け」
と、急かす声がした。
振り返ると、怠輪の兵士で、さらに彼は、顎で行けと示した。
私は柳くんをチラリと見る。
柳くんは小さく頷いた。
兵士達に軽くさよならの会釈をしながら、私達はその場を離れた。
港から遠ざかると、柳くんはベールを脱いだ。
それを見て、私も脱ぐ。
なんだか、任務をやり遂げたような感じがして気分が良い。
「これから、どうするの?」
「迎えがきます」
柳くんは、明朗に答えた。
私は、怪訝に首を傾げる。
だって、ここにいることは、怠輪兵以外は誰も知らないはずなのに。
「遅かったな」
後ろから声をかけられて、私は驚いて振り返った。
陽光を背に、そこに立っていたのは、
「毛利さん?」
「一目見て分からぬのか」
即座の突っ込みに、自分の頬が引きつるのを感じた。
(分からないわけじゃないけど、一応確認取っただけじゃん)
相変わらず、嫌な人!
でも、この人、倭和の屋敷で、私を助けてラングルから落下したんだよね。……無事でよかった。
絶対言ってやらないけど!
「ん?」
突然羽がひらひらと眼の前に落ちてきた。
見上げると、大きな鳥がバサバサと羽音を響かせて降りてきた。
その鳥は、毛利さんの肩に、懐くように止まった。
見覚えのある鳥に、目を見開く。
「……その鳥って、磁鳥じゃ?」
「その通りだ」
当然だ! と言うように胸を張る毛利さん。
いや、相変わらず無表情だから、本当にそうなのかは分からないけど。
「だって、磁鳥って、怠輪にしかいないんですよね?」
私の質問に、毛利さんは鬱陶しそうに睨んで、
「柳」
と、説明を柳くんに投げた。
なによ。だったら、睨まなくたって良いじゃない。あなたが説明するわけじゃないんだから!
「昨夜、一匹失敬して、飛ばしておいたんですよ。もちろんメモをつけて」
だから、柳くんがいなかったのか。
「磁鳥って、伝書鳩みたいな能力あるんですね」
「ありませんよ。そんなもの」
ケロッとした柳くんの答えに、私はきょとんとしてしまった。
「伝書鳩というものは知りませんが、伝書を送るドラゴンはいますよ。でも、磁鳥にそんな能力はありません」
「じゃあ、なんで?」
柳くんは、毛利さんに視線を移した。
どうしますか? って窺ってるみたい。
視線を送られた毛利さんは、本当にごく僅かだけ片方の眉を上げた。
その表情を読み取ったのか、柳くんは私に向き直った。
「毛利さんの能力は、磁力を操るというものなんですよ。だから、磁気を餌にする磁鳥を飛ばせば、餌の無い千葉では、餌である毛利さんの許へ自然に行くと思って。ま、読みが当たったってとこですね」
(え、餌扱い!)
毛利さんには悪いけど、なんか笑っちゃう。
私は、緩む頬に力を入れた。
「行くぞ」
毛利さんが一言言って、踵を返そうとしたので、私は慌てて止めた。
「鳥、返さないんですか?」
私の問いに、毛利さんは振向きざまに、いかにもイヤ~な表情をした。
この人、こんなに表情ある人だったかな? さっきは無表情だったけど。
「この鳥がいることで、怠輪への密偵が行いやすくなる。我が国としては、大変重要な――」
今度は途端に抑揚の無い淡々とした声音と、無表情になって語りだしたけど、私が軽蔑的な眼差しで毛利さんを見ていると、毛利さんはそれに気づいて語るのを辞めた。
そして、表情を変えないまま、小さくため息を漏らし、
「柳。この鳥を返して来い」
「は~い!」
元気良く柳くんは返事をして、鳥を捕まえた。
鳥は名残惜しそうにしながら、柳くんと町の賑わいの中に消えた。
淡々とした言い方だったけど、私の言うことを聞いてくれたわけだ。
なんだか良い気分でいると、切れ長の瞳で睨まれた。
そんな目で見ても、今は怖くないもん! へへん、っだ!
船室から出ることを許されなかったから、紅海の様子は見れなかったけど、乗っていた感じは、普通の船と変わらなかった。
そんな理由から、蛙蘇の町を見たのは、船から下りたあとだった。
下りるさいに、怠輪の兵士達は、民間人の格好に着替え、私達に付き添った。
私と柳くんは、何故か怠輪の女の人が被るベールのような布を被された。
その理由が分かったのは、船の出入り口に、千葉の兵士がいて、その人達に一人ずつ木の板のような物を見せている時だ。
私達の番になって、私の後ろにいた怠輪の兵士が、三つの木の板を千葉の兵士に手渡した。
そのさい、ちらっと見えた木の板には、二つが女の人の名前が書かれていて、もう一つは、男の人の名前が書かれていた。
千葉の兵士は「いいだろう」と頷いて、私達は船を下りた。
多分、あれはパスポートの役割なんだと思う。
怠輪には私達みたいな肌の人がいないから、それを隠すには女の人の格好が都合が良かったんだ。
船から降り立った私は、賑やかな港町を見渡した。
蛙蘇の町並みは、黒が基調の木材建築で、黒い木材という点を除けば、小学校の時に修学旅行で行った、江戸村にそっくりだ。
江戸村の港町版と言った感じかな。
柳くんにこっそりと、木材が黒いのは、塗ってるから? と尋ねたら、柳くんは首を横に振った。
木材が黒いのは、塗っているわけじゃなくて、元々黒い木を使ってるんだそうだ。
その木は、潮風による湿気に強いらしく、千葉の港町の殆どはその木を使って建てられるらしい。
「へえ」
と、私が納得しながら、町を眺めていると、後ろからぼそぼそと、
「何をしている。早く行け」
と、急かす声がした。
振り返ると、怠輪の兵士で、さらに彼は、顎で行けと示した。
私は柳くんをチラリと見る。
柳くんは小さく頷いた。
兵士達に軽くさよならの会釈をしながら、私達はその場を離れた。
港から遠ざかると、柳くんはベールを脱いだ。
それを見て、私も脱ぐ。
なんだか、任務をやり遂げたような感じがして気分が良い。
「これから、どうするの?」
「迎えがきます」
柳くんは、明朗に答えた。
私は、怪訝に首を傾げる。
だって、ここにいることは、怠輪兵以外は誰も知らないはずなのに。
「遅かったな」
後ろから声をかけられて、私は驚いて振り返った。
陽光を背に、そこに立っていたのは、
「毛利さん?」
「一目見て分からぬのか」
即座の突っ込みに、自分の頬が引きつるのを感じた。
(分からないわけじゃないけど、一応確認取っただけじゃん)
相変わらず、嫌な人!
でも、この人、倭和の屋敷で、私を助けてラングルから落下したんだよね。……無事でよかった。
絶対言ってやらないけど!
「ん?」
突然羽がひらひらと眼の前に落ちてきた。
見上げると、大きな鳥がバサバサと羽音を響かせて降りてきた。
その鳥は、毛利さんの肩に、懐くように止まった。
見覚えのある鳥に、目を見開く。
「……その鳥って、磁鳥じゃ?」
「その通りだ」
当然だ! と言うように胸を張る毛利さん。
いや、相変わらず無表情だから、本当にそうなのかは分からないけど。
「だって、磁鳥って、怠輪にしかいないんですよね?」
私の質問に、毛利さんは鬱陶しそうに睨んで、
「柳」
と、説明を柳くんに投げた。
なによ。だったら、睨まなくたって良いじゃない。あなたが説明するわけじゃないんだから!
「昨夜、一匹失敬して、飛ばしておいたんですよ。もちろんメモをつけて」
だから、柳くんがいなかったのか。
「磁鳥って、伝書鳩みたいな能力あるんですね」
「ありませんよ。そんなもの」
ケロッとした柳くんの答えに、私はきょとんとしてしまった。
「伝書鳩というものは知りませんが、伝書を送るドラゴンはいますよ。でも、磁鳥にそんな能力はありません」
「じゃあ、なんで?」
柳くんは、毛利さんに視線を移した。
どうしますか? って窺ってるみたい。
視線を送られた毛利さんは、本当にごく僅かだけ片方の眉を上げた。
その表情を読み取ったのか、柳くんは私に向き直った。
「毛利さんの能力は、磁力を操るというものなんですよ。だから、磁気を餌にする磁鳥を飛ばせば、餌の無い千葉では、餌である毛利さんの許へ自然に行くと思って。ま、読みが当たったってとこですね」
(え、餌扱い!)
毛利さんには悪いけど、なんか笑っちゃう。
私は、緩む頬に力を入れた。
「行くぞ」
毛利さんが一言言って、踵を返そうとしたので、私は慌てて止めた。
「鳥、返さないんですか?」
私の問いに、毛利さんは振向きざまに、いかにもイヤ~な表情をした。
この人、こんなに表情ある人だったかな? さっきは無表情だったけど。
「この鳥がいることで、怠輪への密偵が行いやすくなる。我が国としては、大変重要な――」
今度は途端に抑揚の無い淡々とした声音と、無表情になって語りだしたけど、私が軽蔑的な眼差しで毛利さんを見ていると、毛利さんはそれに気づいて語るのを辞めた。
そして、表情を変えないまま、小さくため息を漏らし、
「柳。この鳥を返して来い」
「は~い!」
元気良く柳くんは返事をして、鳥を捕まえた。
鳥は名残惜しそうにしながら、柳くんと町の賑わいの中に消えた。
淡々とした言い方だったけど、私の言うことを聞いてくれたわけだ。
なんだか良い気分でいると、切れ長の瞳で睨まれた。
そんな目で見ても、今は怖くないもん! へへん、っだ!