私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~
* * *
泣き止んだ私は、申し訳なく、気恥ずかしくて、原さんに頭を下げた。
すると、原さんは、
「感情的になるのが、谷中さんの良い所でもあり悪いところでもありますよね。僕みたいに」
「え?」
それって、地下街の夜での一件の事?
「僕、沸点が低いんですよねぇ。谷中さんと同じで、すぐムキになっちゃって。そのせいで、全然出世できなくって」
と、あっけらかんと笑った。
原さんは、実力的にはもう将軍になっていても良いらしい。
だけど、キレやすさから、冷静な判断を下す地位には向かず、小関止まりなのだとか。
ちなみに、キレたときの原さんを止めるのに一番適している能力を持っているらしいコウさんも、原さんとセット扱いされて出世が出来ないらしい。
(可哀想……)
戦場では、攻めの矛(ゲン)と守りの盾(コウ)と呼ばれているらしい。
元々出世欲のない二人なので、それで良いとも思っているらしいけど、毛利さんがコウさんと原さんをセットで護衛につけた意味が分かった。
部屋を出て行くさいに、原さんから、
「感情的になる人が傍にいると、冷徹な人にとっては疎ましくもあり、面白くもあり、羨ましくもあり、意外とほっと出来るものよ。って、戦場では冷徹なコウが言ってましたから、毛利様にとっても谷中さんはそんな存在だと思いますよ」
と、褒め言葉なのか、貶しなのか、良く分からない言葉を送られた。
でも、不思議と心が軽くなった気がした。
それから私は、毛利さんが帰ってくるまで待っていた。
玄関に行ってみたり、毛利さんの部屋の前で待ってみたり、自室に戻ったり、そわそわすること、数時間。
深夜だった。
毛利さんの部屋の前で廊下を踏む音が聞こえ、私は一瞬ぎくりとして振り返った。
頼りないカンテラの明かりに照らされて、毛利さんの姿が浮かび上がった。
「何故ここにいる」
抑揚なく言われて、私は少し間誤付きながら、
「えっと。その……謝ろうかなって思って」
いったん言葉を区切って、私は勢い良く頭を下げた。
「ごめんなさい!」
「……」
返事がない。
私は、不安になりながら頭を上げた。
毛利さんは、無表情だった。
(ちょっと、傷つくよ)
「あの、でも、あの親子達が困らないように何か、対策をとっていただければ……」
緊張しながら、遠慮がちに私が言うと、毛利さんは私に近寄った。
私の前まで来て、
「今その対策をしてきたところだ。夏まである程度の支援金が出る事になった。前々から進めてはいたが、金庫番が値切ってきて、中々提示した金額で頷かなくてな」
「……そう、だったんですか」
私、バカだ。
毛利さんはちゃんと考えてたんだ。
それなのに、私ったら……。
「お前の声はバカデカかったからな。客間にも届いていたそうだ。稟は帰り際に、お前に礼を言うように頼んでいたらしいぞ」
「え?」
「自分たちの事で真剣に怒ってもらえて嬉しかったんだそうだ」
毛利さんは、急に優しい瞳をして私を見据えた。
「お前はそのままで良い。お前のそういうところに救われる人間もいる」
私は泣き出しそうになるのを堪えた。
嬉しいんだか、切ないんだか分からない。
でも、心の中で何かが解けたような気がした。
毛利さんは、突然私を抱きしめた。
「毛利さん?」
驚いて顔が真っ赤になる私の耳元で、
「こんな深夜に男の部屋の前に居るのが悪い」
「へ?」
「襲うぞ。良いな?」
「え!?」
耳まで真っ赤にした私から離れて、毛利さんは意地悪に笑った。
「冗談だ」
「じょ……?」
二の句が告げない私に、毛利さんはすまし顔で薄く笑んだ。
「なんなら、本当にしても良いが?」
「――! も、もう! かえ、帰ります!」
しどろもどろになりながら、怒ってみせた私に、毛利さんはくっくと声を抑えて笑う。
私は、真っ赤な顔のまま踵を返して廊下を歩き出した。
(頷いとけば良かったかも)
ちょっと残念な気持ちで、私は自室に戻るのだった。