私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~
* * *
翌朝、驚くことが起こった。
外に積もった雪が半分以下に減っていた。
「春だな」
「ええ、春到来ですね」
びっくりしている私の横で、毛利さんとコウさんが言った。
私達は今、外に出ている。
朝起きてすぐに、コウさんに呼ばれて外に出てみた。そしたら、こんなことになっていた。
「今日中には、ほぼなくなってしまうでしょうね」
「本当に?」
「ええ」
コウさんは頷いて、朝餉の仕度をしてきます。と言って屋敷の中へ入っていった。
私は毛利さんを見上げた。
昨日のことを思い出して、頬がぽっと熱くなった。
私は、小さく首を振って、
「毛利さんに訊きたいことがあるんですけど」
「なんだ?」
「毛利さんって、どうして魔王の力を手にしようと思ったんですか?」
昨日原さんに話を聞いた限りでは、毛利さんはクロちゃんみたいに世界を壊そうと思ってるわけでもなさそうだし、一体なんのために必要としたのかが気になった。
毛利さんは、一瞬私を見て、遠くを眺めた。
「十年前の話を聞いたか?」
「はい」
「原だろうな」
呆れたように言って、視線を私に移す。
「あの時、戦争を開戦させた王に、俺は心底辟易した。王はああだからな、しょうがないと思っていた部分はあったし、操りやすい奴だとも思っていた」
操りやすい……。
物騒な言葉が聞こえたけど、一応今はスルーしとこう。
「だから、王に、と言うよりは王制度というものに不信感を抱いた。王制度を廃止し、何か良い制度はないものかと思案していたところに、風間から話が持ち上がってな」
毛利さんはいったん言葉を区切って、視線を外した。
「力があっても無くても、新しい制度を作り、王政を廃す事は出来る。だが、ないよりはあったほうが良いし、万が一魔王なんてお伽話が復活し、それを他国の者に取られれば、悲惨な事態に陥りかねん。それが自国の者であっても、短慮な者や残忍な者が持てば、脅威でしかない」
「じゃあ、毛利さんは悪用させないために魔王の力が欲しかったんですか?」
「言葉を簡単に纏めれば、そういう事になる」
毛利さんは無表情で小さく頷いた。
私は、くすっと笑ってしまった。
「なんだ?」
「いいえ? なんでも」
不機嫌に振向いた毛利さんに、私はにやついた笑みを返した。
毛利さんは、自分が良く映ることを嫌がる。
きっと、今も、内心では照れながら、嫌な気分でいるんだろうなと思うと、私はにやつきが止まらなかった。
「だから、なんだ?」
不機嫌に語調を少し荒くした毛利さんに、私は、
「かわいいなぁと思って」
と返した。
毛利さんは一瞬目を丸くして、そっぽ向いた。
「よう! おはようさん!」
そこに、元気な声が響いた。
「夜壱さん!」
夜壱さんが、手を振りながら歩いてくる。
「どうしたんですか?」
「おう。今日中に発つ事になってな。挨拶だ!」
「もう行っちゃうんですね」
私が残念がると、夜壱さんは私の肩に手を回して方向転換させた。
そのまま私の背中を押して、屋敷の玄関に向う。
「俺も残念だよ。ゆりちゃん一緒に旅に出ねえ?」
夜壱さんの手をパシンと毛利さんが叩いた。
「イッテ! 冗談だよ。じょーだん!」
夜壱さんはおちゃらけたように言って、にやりと笑んだ。
毛利さんは不機嫌な顔を向けて、夜壱さんを睨んだ。
「おお! 怖ぇ、怖ぇ!」
おどけながら、夜壱さんは玄関に入っていった。
毛利さんを窺い見ると、目が合った。
「行きませんから。安心してください」
「別に、気にしておらぬわ」
毛利さんは無表情に言ったつもりだったのかも知れないけど、どこかほっとしたような表情をしていた。
「今日の夕食、時夢亭で予約を取ったぞ」
「本当に!?」
「ああ」
ぶっきら棒に言う毛利さん。
喜ぶ私。
――春到来だ。