私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~
* * *
私達は、蛙蘇から王都に向けて旅をすることになった。
騎乗翼竜での旅だから、三日もあれば着くらしい。
船を下りた直後は、布も被っていたから気づかなかったけど、千葉って寒い。
どうやら千葉は北国で、世界の中で一番寒い国らしい。なので、柳くんと私は防寒具を買って旅立つことになった。
蛙蘇の着物屋を毛利さんと覗いた。
柳くんは、ラングルの買い付けに行っている。
寒いんだから、もう防寒具を着ている毛利さんが行ったら良いのに。と、思ったんだけど、さすがに言わなかった。
千葉の防寒具は、いわゆる着物用のコートだ。
でも、豪雪地帯も多くあるためか、裏起毛になっている。
だから、見た目は普通の着物用コートと大差ない。
その起毛もちょっと特殊で、蛮天南(バンテナ)というドラゴンからとれるものらしい。
蛮天南は、通常の翼竜よりも高く飛ぶためか、体毛があり、羽も羽毛に覆われている。それがすごく暖かくて、千葉では重宝されているみたいだ。
だからか、コートもちょっと高い。
ただ、一回買えば、何十年も持つんだそうだ。
店内の中は、時代劇のような造りで、お店の人が奥から、幾つかコートを持ってやってきた。
(幾つもあって迷っちゃうなぁ。でも……)
ちらりと毛利さんを窺い見る。
(――この人におごって貰うって、なんかなぁ……)
借りが出来るようで、釈然としない。
でも、考えようによっては、利用してやれるわけで。
そう考えると、なんだかざまあみろというか、すっきりする。
「後で返してもらうからな」
「!?」
思わず振り返った。
すると、毛利さんは切れ長な瞳を少しだけ細めて、笑った。
見た事のない、悪戯っぽい笑みにドキッとしてしまう。
「むろん。貴様に金なんかないだろうから、カラダでな」
「――!?」
囁かれた言葉に、自分が赤面したのがわかった。
毛利さんはさっきの笑みがなかったみたいに、元の無表情に戻った。
「冗談だ。貴様のような小娘に興味はない」
(――なにをぉお!? この、この、スケベ野郎!)
前科があるくせに、良くもぬけぬけと! 小娘で悪かったわね!
憤慨する一方で、ほっとする自分もいたりして。
「それは、なんですか?」
毛利さんが手に取っていたマフラーに似ている布を目にして、私は思わず質問した。
「空を行く旅になる。これで鼻と口を覆わねば、飛んでいられん」
「なんでですか?」
「空気も風も上空の方が冷たい」
無表情の顔が、僅かに鬱陶しそうに歪む。
「はいはい。そんなことも知らなくてすみませんでした!」
私がむくれながら言うと、
「あら。まあ、お嬢さん凄いですねぇ」
「え?」
コートを持ってきてくれた中年の女性が、びっくりしたように言った。
「すみませんね。おばちゃんには、こちらの旦那さんの表情が、全然分からなかったものだから」
女性は、申し訳なさそうに慌てて言った。
それもそれで、失礼な気がするんだけど。
毛利さんをちらりと見ると、気にした様子もなく、相変わらずの能面だった。
「いえいえ。私もなんとなく思っただけで、勘違いかも知れないので」
「そうなんですか」
愛想笑いをお互いに送りあってから、私は布の方にも目を向けた。