私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~

 * * *

 私は部屋に帰る前に夜月でも見ようと、縁側に寄った。
 半月の月が黄色く輝いている。

「ん?」

 突然、半月が小さく歪んで見えた。
 目を擦ると、その歪みは更に大きくなった。

「これ、さっきも見たような?」

 私が首を傾げたときだ。
 渦巻きを描くように丸まり、逆回転して黒い空間が円形に広がった。
 その中から、見知った人物が顔を出した。
 まるで風に漂うように一瞬だけ浮いて、その人物は足音を立てずに地面に着地した。

「結さん?」

 月明かりに照らされた彼女は、確かに結さんだ。
 結さんは、黙って私を見据えた。

「どうしたんですか? ああ! 雪村くんを追って?」

 私は、手をぱんと叩きながら、縁側を降りて結さんに駆け寄った。
 結さんはまだ、黙ったまま、表情を変えることなく私を見据えていた。

「?」

 私は怪訝に首を傾げる。

(どうしたんだろう?)

 そう疑問が浮かんだ瞬間、

「離れろ!」

 叫び声が聞こえて、私は振り返った。
 遠くの方で、猛スピードで走る毛利さんを捕らえた。
 でも、それは一瞬だけだった。
 次の瞬間私を捉えたのは、熱さだった。
 その次に襲ったのは、痛み。
 鋭く、熱い、何かが体を貫いた痛み。

「え?」

 呟いた瞬間、体の中から何かが引き出された。
 臓器が一気に持っていかれるような痛みに、声を上げようと思ったけど、引き攣れて上手く出なかった。

 足に力が入らずに、私はその場に崩れ落ちた。
 仰ぎ見た視界に、鋭利な刃物を持った結さんが映った。
 その表情からは感情が何も読み取れず、刃物には、べったりと血がついていた。――ああ。そうか、私、刺されたんだ。

「穿牙(ついが)!」

 理解した瞬間、結さんの頭が吹き飛んだ。
 上顎部分が、後ろへ飛んで行く。
 それとほぼ同時に、私は誰かに抱きかかえられた。
 誰にそうされたのか、分からなかった。
 
 眼の前の光景から、目が離せなかったんだ。
 向き出しになった下顎から、だらんと舌が伸びて、結さんの体は前のめりに倒れた。
 彼女を貫いた長い紙のような刃物は、鋭い音を立てて屋敷の方へ引っ込んでいく。

 悲鳴を上げたかったけど、出来なかった。
 息が切れて、のどが引き攣れる。
 胸から熱い液体が溢れ出て行くのを感じた。

「おい!」

 叱咤するような声音に、私は我に帰った。
 私を抱いていたのは、毛利さんだった。

(じゃあ、結さんを殺したのは?)

「大丈夫!?」

 狼狽した様子で雪村くんが顔を覗かせた。

「おい! ゆり!」

 必死な叫び声を上げる毛利さんは、今にも泣きそうだった。
 そんな顔しないで。
 私、毛利さんの笑った顔好きなんだから。

 そう伝えたいのに、声にならなかった。
 だけど、痛みはまるでない。
 瞼が落ちていくのとは反対に、視界の下から黒く染まっていく。
 やがて、完全に闇に染まった。

(最後に見たのが、毛利さんの泣き顔だなんて、嫌だな)

 私はそんなことをぽつりと思いながら、死んだんだ。

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