私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~
第十五章・集結
本殿へと続く階段をゆっくりと下りながら、コウは重苦しくため息をついた。
天気は快晴であったが、コウの心は晴れそうもない。
そんなコウを感慨深げに見つめながら、原は頭の上で腕を組んだ。
「毛利様、いつになったら政務に戻ってくださるのかしら」
「だよな。本業でもない俺らにあれこれ言われてもな」
ぽつりと呟いた声に、原は見当外れの同意をした。
「大臣達の話じゃないわよ!」
キッと睨みつけながら振り返ったコウに、原は苦笑いを返した。
毛利はゆりが亡くなってから、政務に支障をきたしていた。
仕事場に顔を見せず、一日中家に篭っては、ゆりの姿を見て過ごしていた。
「彼女が亡くなられて、お辛いのは分かるけれど……こんなの毛利様らしくないわ!」
「こんなのって、どんなのだよ」
「だから、本当の毛利様は冷静で気高くて――」
「何があっても動じない人って?」
呆れ返ったような原の声音に、コウはギクリと脈打つのを感じた。
静かに振り返ると、原はコウを見据えた。その瞳はどこか叱責するようでもあった。
「そりゃお前、理想を押し付けすぎだろ」
「え?」
反射的に飛び出した声音は、上ずった。
「お前って、毛利様が絡むと冷静じゃなくなるよな。お前が毛利様を崇拝してるのは知ってるけど――」
原が言いかけたとき、それを遮るように声高な声が届いた。
「だぁかぁらぁ! ここを通せって言ってんの!」
不遜な物言いに、コウと原は目線を下げる。階段下の門前で、門番と揉めている少年がいた。
彼の隣には、精悍な顔つきの白髪の男性。
その後ろに、控えるように立っていたのは、見目麗しい金糸の髪の女性と、屈強な顔つきのスキンヘッドの男だ。
「ダメだったらダメだって言ってるだろう!」
「どこのどいつだお前ら!」
「じゃあここを通さなくても良いから、毛利――さん、の居場所教えてよ」
毛利と呼び捨てにしようとして、敬称を付け足したのは明らかだったが、二人の門番はそれには食って掛からず、勤めて冷静でいようと努力していた。
「そんなもの、教えられるはずがないだろう」
「はあ!? ぼくを誰だと思ってるわけ? 一大事だから来てやったのにさ!」
「落ち着けよ。ガキじゃねえんだから」
「はあ!?」
諌めるような声を出した白髪の男を、少年はフードを揺らしながら勢い良く振り返って睨みつけた。
「なに、ぼくにケンカ売ってるわけ?」
「んなわけねえだろ。こんなときに」
「そうですよ隊長。それにケガに響くっすよ」
呆れかえった様子の白髪の男に、恐持てのスキンヘッドの男が同意した。
その声音はどこかひょうきんで、その厳つい顔からのギャップに笑いを誘うものがある。
「彼女が心配なのは分かりますけど――痛あ!」
得意げな顔で続けた恐持ての男に、少年はローキックをぶちかました。
脛を擦る男を少年は見下ろして、門番に振り返る。
「で、教えるの、どうなの?」
「だから教えるわけないだろうと言っているだろう!」
バチバチと睨み合う少年と門番だが、最初に目線を外したのは少年の方だった。
不敵に笑んで、自分のポケットの中を探る。
「しょうがないなぁ。お前ら相手にこれを使うのはどうかと――」
「ああ! まどろっこしい!」
少年の低声を遮るように怒声を発したのは、今まで黙って事の成り行きを見守っていた美しい女性だった。
女性は、髪を糸のように操り、門番二人の首を一瞬で締め上げた。
「こっちには時間がないのよ。殺されたくなかったらさっさと言いなさい」
冷眼しながら、凄む女性に門番は慄いた。
慌てて止めようとする白髪の男とスキンヘッドの男を尻目に、少年はにやりと笑みながら呟いた。
「あ、このバカ女やった」
呟いた少年の言葉は誰かに届く前に怒号にかき消された。
「テメエら、何してやがる!」
原が猛スピードで階段を駆け下り、女性に向ってとび蹴りをくらわそうとしたときだ。
鈍い音が響き、原は跳ね返された。
空中で体勢を立て直し、鮮やかに着地すると、相手を睨みつける。
女性の前に立ちはだかっていたのは、大剣を構えた白髪の男だった。
「テメエ、やるなぁ!」
にやりと笑い、吠えた原に、白髪の男も不敵な笑みを返した。
すると、二人の間に割って入るように、ヴンと音を立てながら、円形の何かが出現した。
それは透明だったが、シャボン玉のように歪んで見えている。
それが門番を締め上げている女性の髪にも出現し、女性の髪を弾き飛ばした。
持ち上げられていた門番が地面に伏して、咳き込む。
「そこまでよ!」
コウが片手を前に突き出し、制止させながら階段を下りてきた。
「原。落ち着きなさいよ」
呆れて言ったが、目線は原には送らなかった。
謎の集団をしっかりと見据え、コウは能力を発動させたまま冷静に尋ねた。
「あなた方、何者です? 只者じゃありませんね」
コウの問い掛けに、少年はにやりと笑んだ。
ポケットから金色のエンブレムを取り出して掲げて見せる。
そのエンブレムは獅子の姿に羽が生え、尾が蛇になっていた。
キメラと呼ばれる、美章国にのみ生息している獣だ。
「……キメラ。じゃあ、あなた」
驚いた様子のコウに、少年はまた不敵に笑んだ。
「ぼくとハゲは美章の人間。こっちの二人は岐附の人間」
「何をしに来た?」
語調が険しくなったコウに少年は、嘲笑うような笑みを向けた。
「まあ、聞きなよ。キミらにとっても悪い話じゃないからさ」