私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~
「毛利さん」
毛利さんは、無表情だった。
無表情に更に拍車がかかったような、本当に能面のような顔をしていた。金色の瞳の奥は空ろで、その瞳の先には私がいた。
台の上に仰向けになっている。
まるで眠っているみたいだ。
「驚いたであろう? お主が死んで二週間は経っておるんだぞ」
「え?」
「魔王の入った器はそう簡単には腐食はせん。お主の体は生きていた時と同じく、頬は赤く、唇も花のように色づいておる」
そう言って、白猿さんは哀れむように毛利さんを見据えた。
「あれでは、あの男も可哀想じゃな。いつまで経ってもお主の死を受け入れられぬじゃろうて」
「……あの、腐敗はいつから?」
自分の死を受け入れるのは苦しい。
でも、あんな毛利さんは見たくはない。
私は思い切って尋ねた。
「そうさな。以前は三百年くらいは普通にもったそうじゃぞ」
「そんなに?」
目を見開いたとき、
『毛利さん。会議に出席しないんですか?』
静かな声だったから、最初、誰なのか気づかなかった。
声を追うように映し出された人物は、影のようにひっそりと毛利さんの背後にいた。柳くんだった。
毛利さんはそれには答えずに、ふらふらと頼りなく歩きながら、台の前に座り込んだ。
『契約違反になるんで、僕が言う事じゃないんですけど、皆さん困ってらっしゃいますよ。それに、もう彼女も埋葬したほうが――』
『黙れ柳!』
聞いた事のない怒声に、柳くんも私も肩を竦めた。
そのとき、障子を開く音がして、同情に満ちた声がした。
『分かるよ。彼女が亡くなって、まだ二週間だもんな』
廊下の光を背に受けながら、悲痛な面持ちで立っていたのは、雪村くんだった。
『柳くん。気持ちも酌んでやれ。暫く一人にしてあげよう』
雪村くんが小声で言うと、柳くんは胡散臭げに雪村くんを見上げた。
『いや、良い。貴様にも部下を殺させた。すまなかったな』
抑揚なく言って、毛利さんは立ち上がった。
『俺は会議に向う。柳、埋葬はまだ行わない。良いな?』
『僕に決定権はありませんから。知ってるでしょ』
毛利さんの念押しに、柳くんは淡白に答えた。
でもどこか、明るくしようとするのが窺えた。
『ああ。確認だ。――自分のためのな』
噛み締めるように言って、毛利さんは部屋を出て行こうとした。
それを、雪村くんが呼び止めた。
『実はさ、彼女を生き返らせる方法があるんだけど……』
(――え?)
私とほぼ同時に、毛利さんも目を見開いて雪村くんを見つめた。
『それは、どういう事だ?』
(どういう事?)
私は毛利さんと同じように、よろめくように一歩足を踏み出した。それを、視線で白猿さんが緩やかに制止して、私は踏みとどまった。
だけど、それをしてくれる人がいなかった毛利さんは、雪村くんを食い入るように、すがるように見つめて、ふらふらと歩き雪村くんの腕を掴んだ。
雪村くんは、毛利さんから視線を離し、柳くんを一瞥した。