私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~
* * *
どれほど時間が経ったのだろう。
私は、呆然としながら横たわっていた。
あれから、ずっと誰かがアジダハーカに魂を吸い出される陰惨な映像や、無理やり呪陣の円まで連れて行かれて、魂を吸い出される苦しみを見ていた。
その度に、自分の事ではないのに、自分に起こった出来事のように感じて、体が、心が痛んだ。もう肉体はないはずなのに、私の体は苦しみと痛みに震えた。
そして、その度にあの声が聞こえる。
『許さない』
『殺してやる』
『苦しめ』
『死ね』
色んな人の声が、繰り返し憎悪の言葉を投げつけてくる。魂が壊れそうだ。
でも、この絶え間なく流れ続けている映像がなんなのか、私はぼんやりと理解していた。
この感情は、アジダハーカの中にある魔王の中にいる人々の声だった。そして映像は、実際に彼らの身に起こったことなんだ。
その中の一人に、見知った顔があった。
倭和の屋敷を襲撃した、民族衣装の彼だ。
ニジョウ一族と呼ばれた彼らは、どうやら森閑な集落にいたみたい。そこには、奥深い洞窟があって、その中にあいつは眠ってた。
アジダハーカが……。
アジダハーカは、ニジョウ一族が目覚めないように、代々密かに見張っていたドラゴンだった。
魔王の復活を察した彼らは、魔竜が目覚めるのを感じ、阻止しようと屋敷を急襲して、魔王の器を――私を殺し、もう一度魔王を封印しようとしたんだ。
アジダハーカを目覚めさせないために。
だから彼はあの時、戦闘中に帰ろうとしたんだ。魔竜が私の中の魔王に反応して、目覚めようとしてたから。それを感じて、鎮めようとした。
彼はあのまま、私の中の魔王の力によって倭和のどこかの港町に飛ばされたみたいだけど、彼の仲間がアジダハーカを結界で鎮めて眠らせた。
だから今まで、魔王が私という器から外に出されるまで眠っていた。
でも、魔王が外に出たことで、完全に魔竜も目覚めてしまったんだ。
そのさい、彼は……魔竜に殺され、魔竜の中の魔王に吸収されてしまった。
彼だけじゃなく、彼の一族の多くも魔竜に、ううん。魔王に食べられてしまったんだ……。
頬に涙が伝った。
(私がこの世界へ来なければ、彼らはこんな目には遭わなかった)
何度も何度も、誰かが殺されて、その全部が自分自身のように感じる。悲鳴と、絶望と、苦しみと、恐怖と、痛みを味わう。
苦しい。
いっそこのまま消えてしまいたい。
私は虚ろな目を閉じた。
(目を閉じたって、なんの意味もないのに……)
勝手に頭の中に流れ込む映像と痛み。絶望が私を支配した瞬間、胸の内に何か懐かしい気持ちが沸いて出た。
(――なんだろう?)
私は上半身を起こした。
すると眼の前に、光がほわりと燈った気がした。
それは一瞬の出来事だったけれど、ひどく懐かしい。
「あれ?」
ぱたぱたと涙が零れ落ちていく。
誰かに呼ばれた気がして、振り返った。
「……誰?」
思わず問いかけたけど、私は知っていた。
それが誰なのか。
「……毛利さん!」
今、毛利さんがここに来ようとしている。
それはただの直感だったけど、まぎれもない真実だと確信した。
(毛利さんが魔王に吸収されて死んじゃう……)
今、外では、毛利さんは確実に命の危機に瀕してる。
「助けなきゃ!」
『決して光を失ってはいけない。良いな?』
不意に、白猿さんの言葉を思い出した。
私の中の光り……。
不意に、毛利さんの微笑みが浮かんだ。
(私の中の光は、彼だ!)
「絶対に失くさない! 失くさせたりしない!」
そう強く決心した瞬間、闇が風に散っていくように、一瞬で白い空間へと変わった。