私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~
* * *
「……どう?」
翌日、雪村は浮かない表情で病院の検査室から出てきたゆりに尋ねた。
リンゼとアンリは落ちた直後に、他の夜間勤務の者達が、大きな物音に気がついて発見されていた。
リンゼの脚と左腕はへし折れ、ネジ曲がり、見る影もなかった。
すぐさまゆりが呼ばれたのだが、ゆりが駆けつけて来た時にはもうリンゼの呼吸は止まっていた。即座に治癒能力を発動させたことによって、息は吹き返したが、依然昏睡状態であった。
一方でアンリも治癒能力で体の傷は治ったが、数時間経っても意識を戻さないため、病院へ運ばれていた。
「お医者さんの話では、いつ目覚めるか分からないって」
「そっか……アンリも昏睡状態なのか」
「うん」
落ち込んだ様子のゆりを励まそうと、雪村は声音を明るくした。
「でも、あんなとこから落ちたんだもんな。生きてるだけ奇跡だよ」
「そうかもね……」
「リンゼはさ、階段の最下部まで転がり落ちて行かないように、踏ん張ったみたいだぜ。爪がボロボロだったんだって。アンリを抱えたまま凄いよな。俺も、そんな風になりたいよ」
感心を込めて言って、雪村はゆりを見つめた。ゆりも目線を送って、二人は見つめ合う。雪村は手を伸ばして、ゆりの手を握った。
「ゆりちゃんのせいじゃないからさ。落ち込むなよ。二人が生きてるのは、ゆりちゃんの力なんだからさ」
「……普段は鈍いのに。なんでこんな時ばっかり鋭いの?」
涙ぐんだゆりに、照れた顔を向けて、雪村はゆりをおずおずと抱き寄せた。
「お、俺は、一応、彼氏だからさ。彼女のことは、分かるんだよ」
「……雪村くん」
ゆりは涙を拭いて顔を上げた。二人は静かに見つめ合う。
「良い雰囲気のところ、申し訳ありませんよ」
「わあ!」
「きゃあ!」
突然声をかけられて、小さく跳びはねながら二人は振り返った。すると正面に廉抹が立っていた。
「お二人が付き合われて、明日がちょうど一ヶ月記念日だというのに、こんな事になって残念ですね」
「お前なぁ……」
無表情で皮肉を述べた廉抹を、雪村はムッとして見返した。
廉抹はそれには構わずに、一本の巻物を差し出した。
「こちらを」
「ん?」
その巻物を受け取って、雪村は眉間にシワを寄せる。
「なんだよ、これ。リンゼ宛じゃんか」
巻物の題字を見て、雪村は巻物を廉抹に渡そうとしたが、廉抹は手を軽く上げて、それをやんわりと拒否した。
「伝使竜の塔の外に落ちていたのを、三条の者が見つけました。お読み下さい」
「読めって。リンゼに届いた書簡だろ?」
「決断なさるのは頭首です。自分はどちらでも構いません」
「……」
雪村は渋い顔をして巻物を開いた。
『倭和国から戯王へ書状来り。倭和国、国法審議により、時を要した非礼詫びる。ニジョウ、各主要人物を襲い、文化財大破せしめた事、事実なり』
途中まで読んで、雪村は顔を上げた。
「これって、ニジョウが裁判受けて時間食ってごめんってこと?」
「いいえ。おそらく、審議にかけられたのは風間様が金で釣ったお目付け役でしょうね。あそこの国は、そういうの厳しいので。ニジョウは今まで通り、多分倭和政府も手が出せないんじゃないですか。それで事実確認も遅れ、今頃になって書簡が届いたんでしょう」
「ふ~ん。なるほどな」
雪村は頷いて見せたが、話の半分は右から左に流れていった。雪村は再び、書簡に目を通した。
『これに、第三者の関与示唆――と改ざん。王に拝謁賜る。王、与し。我らが計画成る』
「なんだこれ? どういう意味だ?」
「ちょっと見せて」
首を捻る雪村から書簡を受け取って、ゆりはその内容を確かめた。