私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~

「これって、倭和から届いた手紙に手を加えて、嘘の情報を書いて、王に渡したってことですか?」
 ゆりが尋ねると、廉抹は小さく頷いた。
 ゆりは雪村に視線を移した。

「それで、王が味方になって、何かの計画が完成したってことなんじゃない?」
「おそらくは。そうでしょうね」
「何かの計画って、なんだよ?」
「……さあ? それは分からないけど」

 ゆりと雪村が同時に首を捻った時、慌しく病院の廊下を駆けてくる男がいた。
 彼の顔を見て、ゆりは、「あっ、あの時の、穴蔵の!」と指を指したが、当の本人はそれどころではなく、留火は叫ぶように声を張り上げた。

「進軍です!」
「は?」
 ぽかんとした雪村に、留火は強張った顔を向けた。
「美章に、功歩軍が進攻したとの報せが入りました」

「え?」
「その中に、我ら一族の旗印があるとの報告が上がっております!」
「――なに?」
 愕然として、揺らめくように立ち上がった雪村に、留火はなおも硬い表情で告げた。

「どうやら、我らがカラスの旗印の横に、風間様の風車の旗印があるようです。おそらく、進軍したのは風間様かと……」
「嘘でしょ……」

 呟いたのはゆりだった。雪村は絶句しながら、焦点の合わない瞳で、どっとソファに座り込んだ。

「……なんだよ。何がどうなってんだよ」
「……ねえ、もしかして、風間さんの王からの命令って、この事じゃないよね?」
 深刻な声色を出したゆりを、戸惑いから一瞥して、雪村は留火にすがるように訊ねた。
「なあ、お前はなんか知らない?」
「……申し訳ございません。私は何も――」
 首を振る留火から視線を外して、廉抹の腕を掴んだ。

「なあ、お前ならなんか知ってるよな。廉抹?」
「……主。自分は何も」
(言えないんだよ)

 廉抹は真っ直ぐに雪村の目を見据えた。僅かに鋭く光る、その瞳は呆れ果て、また、責めているように傍目から見ていたゆりには感じられたが、瞳を向けられた雪村は、何も感じず、ただただ、憤りをぶつけた。

「なんでお前が知らないんだよ! お前、執事補佐だろ!?」
「そのセリフは、そっくりそのままお前へ返るぞ。雪村!」

 厳しい声音が飛び、振向くと、柱に軽く手をついて間空が立っていた。間空は哀しげに表情を崩して、自嘲の笑みを浮かべた。

「いや。私にも言える事か……お前に黙っていた私にも責任はある」
「なんだよそれ? どういう意味だ?」
 怪訝な表情を向けた雪村を無視し、間空は雪村が持っていた書簡を取り上げた。

「あっ」
「うむ……やはりそうだったか」
 間空は小さく唸り声を上げて、深刻な表情を浮かべる。そして、真剣な眼差しを雪村に向けた。

「よく聞け、雪村。――おそらく、風間は監禁されている」
「は!?」
 雪村は、驚いて目を丸くした。
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