私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~

「もう地図に、ジョタクの名はありません。ジョタクの民は、その殆どが死に絶えました」
「……!」
 ショックで数秒、呼吸を止めざるを得なかった雪村を、廉抹は憤った瞳で見る。

「それまでは、雪村様が蹴った場所を三条の者がフォローして回っていましたが、ジョタクの件には、三条の者でも手が回らなかったのです。当たり前ですよね。当時、たかだか二百人ですよ」
 皮肉って、廉抹は腕を組んだ。

「これに王が怒らないわけがない。当時、オヤジ様も相当に怒っておいでだった」
「そうなのか?」
 雪村は空ろな瞳で間空を見た。間空は僅かに頷く。
「王がお前の首を刎ねろと言ったら、庇いきるつもりはなかった」
「……そっか。当然だよな」
 雪村は哀しげに笑んで、俯いた。

 間空は、当時は相当に頭に血が上っていたし、雪村をぶん殴りに戦地から戻ろうと思ったくらい、心底雪村という人間に呆れた。

 反抗した雪村を下手に庇えば、一族皆の命に関わる事態に陥る危険もあった。だから、間空は一時期雪村の処刑を覚悟した事がある。
 だが、それもその一時だけだ。
 
 間空は元々身内には甘く、身内に対してだけ愛情豊かな人間であったので、一族は皆家族という認識だった。間空がオヤジと呼ぶように言うのも、そういう理由からだった。

 特に、馬鹿な子ほど可愛いというもので、どんなに雪村が一族に真剣に向き合わなくとも、多大なる失敗をしても、怒鳴りこそすれ、結局は見捨てずにいてしまう。

 風間に以前言った、雪村を突き放してみろというセリフは、自身に向けて言った言葉でもあったのだ。

「王は怒り狂い、雪村様、貴方を処刑しろと言ったのですよ。ですが、王の怒りを静めて見せた人物が居たのです」
 廉抹は尊敬するように、噛み締めながらその名を口にした。

「風間様です。風間様は、敵大将二人を討ち、それを手土産に王に嘆願に赴いたのです。ですが、そこで、風間様はあるものを手放さなければならくなったのですよ」
「何を?」
 遠慮がちに尋ねた雪村に、廉抹は口惜しそうな瞳を向けた。

「永住権ですよ」
「永住……」

 呟いたのは雪村ではない。留火だった。留火はよろけながら、一歩前に踏み出し、諦めたように、壁に背を預けた。
 そんな留火を廉抹は一瞥して、視線を雪村に戻した。
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