私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~
風間の能力が重力を操る事であると確認された以上、なるべくなら距離をとって戦おうという心理が働くはずだ。物理攻撃は潰されてしまうが、場合によっては有効なものもある。
風間はゼアが獣能力である事を知っていた。誰がその能力を保持し、どんな人物なのかは知らなかったが、獣能力の男は常に首領と共にあるという情報は入っていたからだ。
身近に獣能力者がいるため、獣能力の恐ろしさ、凶暴さは身をもって知っている。
接近戦に持ち込まれ、潰されることなく風間に一発でも食らわせられれば、ゼアに勝機はあるだろう。だが、風間は首領であるヤーセルが安易に近づいてくる事が理解できなかった。あの『能力』であるならば、なおの事だ。
「どうやらニイさん、俺達がここで仕掛けるって感づいてたみたいだなァ。だろ?」
「……」
唐突に質問されて、風間は僅かに笑みを硬くした。
「確かに。危惧はしてました。サキョウからクラプションまでの道程で、ここが一番狙われ易い地形ですからね。ですが、本当にそうなるとは思ってませんでしたよ」
「そうかい?」
ヤーセルは疑うような瞳を向ける。
風間の言った事は決して嘘ではなかったが、少し語弊もある。風間はかなり高確率で、本日命を狙われるだろう事を予期していた。
或屡との腹の探り合いも、もう四年以上になる。そろそろお互いの計画も熟してきた頃だ。熟し、収穫する前に、要の人物を葬り去っておけば、事は障壁なく進められる。より安全に。
風間と月夜盗賊団では痛手となる重さが違ったが、それでも、或屡の手足の一つを捥いでおけるのは有意義な事だった。
(お互い様なわけです。或屡様)
風間は皮肉を込めて、愛想笑いを送った。
「そうですよ」
「そおかい。じゃあ、本当にそうなって残念だなァ」
ヤーセルはにっと笑って歯を見せた。
その時、ポツと、天空から風間の真上に雫が落ちた。雫は透明な何かに吸い付くように、そこに留まる。
(やっぱり結界張ってやがったか)
ヤーセルは確信を得て、口の端を持ち上げる。
結界に、雫が完全に吸着した瞬間、ジュワと音をたてて、結界が溶解した。
「!」
風間は驚いて頭上を見上げた。
ほんの僅かに、雫の落ちた部分だけ、結界に穴が開いている。
天上には谷を覆うほどのどす黒い雲が浮かび、ふよふよと無数の水滴が、落ちる時を今か今かと待ちわびていた。
「オマエさんと俺じゃあ、相性が最悪だせ」
ヤーセルは挑発するように言った。
「なんだか分かるか? ――って、知ってるよなァ。当然調べてんだろ?」
「緑礬油(りょくばんゆ)、ですよね」