私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~
「逃がさねえよ!」
ヤーセルは声を張り上げて、重力の軌道を変えた。
「それは、こちらのセリフです」
風間は冷たく呟いて、顔の前で印を結んだ。
「呪火」
冷淡に囁かれたその瞬間、ヤーセルの左前方から眩い閃光が走る。
「なっ!」
思わず目を覆ったヤーセルを飲み込んで、赤い火柱が上がった。
「ウギャア!」
ヤーセルは短い悲鳴を上げた。
天高くそびえる火柱を見向きもせず、いつの間にか駆けて来ていたゼアは風間目掛けて拳を振るう。
風間は、喰鳥竜の手綱を引いて軌道を変えた。
ゼアの拳は風間の真横を空振りし、虚しく空を切る。風間が内ポケットに手を入れた瞬間、ゼアは身を翻し、喰鳥竜の顔面めがけて蹴りを食らわせた。喰鳥竜の顔面は吹き飛び、激しい振動が風間を襲った。
風間は前方に投げ出されていた。一回転して体制を立て直す。そこに、ゼアの蹴りが飛んできた。
咄嗟に腕でガードしたが、風間は強烈な蹴りをくらい吹き飛ぶ。
吹き飛ばされながら、風間は重力でゼアを押さえ込んだが、少し前までは崖だった瓦礫に派手に突っ込んだ。
「――痛っ……!」
打った背を庇いながら、風間はゆっくりと立ち上がる。ガードした右腕が折れ、見るも無残なほどひしゃげている。
ゼアは突っ伏したまま動かない。
本当はさっさと潰してしまいたかったが、風間には今、それをする事が出来なかった。元々能力の容量が大きくない彼は、すでに限界間近であったからだ。
風間は痛みと疲労から、肩で息をしながら、左手でズボンのポケットからナイフを取り出した。
ゼアに止めを刺そうと歩く道すがら、風間は何か違和感を感じていた。
慎重で、心配性である彼ならではの引っかかり。
何故、ゼアはヤーセルが炎に飲まれたとき、見向きもしなかったのだろうか。
風間は、ふと煌々と燃え盛る火柱に目を移した。
いや、そんなはずはない。もしも打ち消すのだったら、さっさと打ち消しているはずだ。あの炎の中で、こんなに長く耐えていられるわけが無い。
そもそも、ヤーセルが風間を攻撃する事に気を取られ、能力を呪火に向って発動出来ないであろうタイミングで、風間は呪火を放ったのだから。
風間は疑念を振り切るように、軽くかぶりを振った。
うつ伏せのまま、顔すら上げられないゼアの前に立つ。
風間は感慨のない瞳で、ゼアを見下ろした。