私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~

 * * *

 風間は暗い牢屋で、右腕を擦った。
 骨折は直ってはいたが、骨が少し変形してしまっていた。シャツの上から撫でると、僅かながらに、ぽこっと出っ張る。

 日常生活に支障は無いが、今までのスピードで呪符を取り出すことは困難かも知れない。風間は息をつきながら、首を触った。
 痛みで僅かに顔を歪める。

 ゼアの牙は、気管を僅かに傷つけてはいたが、幸い頚動脈を傷つけてはいなかった。塞がった皮がまだ僅かな振動で引き攣れて痛んだ。
 風間は視線を、斜め前の牢屋に移した。

 光の当たらない牢屋は、闇の中にあっても更に暗く、黒く、窪んで見える。
 そこを、もぞっと何かが動いた。
 風間は不快そうに眉を顰める。その正体がなんなのか、彼は理解していた。

「よう。元気か」
 廊下から突然明朗な声が響き、鉄格子越しに黒い髪が覗いた。だが、後ろから不意に射した光で、黒髪ではなく青いのだと悟る。

「ヤーセルさん、でしたっけ?」
「わざとらしいなァ、オイ」

 風間の皮肉にヤーセルは苦笑を返す。そのヤーセルの頬に、更に光が近づいた。すっと、カンテラを持った男がヤーセルの後ろを抜けて行く。

「やあ。風間殿。ご機嫌はいかがかな?」
「良好ですよ。或屡様」
 不敵な笑みを浮かべる或屡に、風間はにこりと愛想良く返した。

「そうか。随分と余裕そうだ。あんなに重傷を負ったというのに。やはり能力者は生命力が強いというのは、本当なのかも知れんな」

 或屡は顎鬚を梳く。
 ちらりと風間の手錠を見やった。薄っすらと、侮辱するような下卑た笑みを浮かべる。
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