私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~
「ふむ……大戦の折、大そう活躍した英雄も、多勢に無勢だったというところなのかな」
これに、反論を示したのは風間でもヤーセルでもなかった。
「いや。ソイツは、部下どもを一瞬で殺したぜ」
カツカツと足音をたててやって来たのは、ゼアだった。
カンテラを持たないわりにはスムーズな足取りで、或屡が持っていたカンテラの光の中に現れる。
「ふむ。そうかい」
或屡は顎を擦りながら、風間をまじまじと見やった。そして、懐から二つの手のひらサイズの四角い物体を取り出して、風間に向けて放った。
それは風間の足元に転がって、爪先に当たって止まった。
「それは返すよ」
風間はそれを拾い上げる事はしなかった。ただじっと或屡を見返す。或屡は風間の強い瞳を見返しながら、ふと勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
「その印は大いに役立ったよ。もっとも、あの時は少々焦ったが……。あの書簡はリンゼが上手く処分してくれたようだしな。――残念だったな、メッセージに気づく者がいなくて」
小馬鹿にするように言って、或屡は続ける。
「ちなみに今、外で何が起きているのか知っているかね?」
風間は答えなかった。見当はついていたが、黙する。
「美章に我が国が進軍してね。先程帰還してきたところさ」
やはりそうか――と、風間は静かに腹を括った。
「なるほど……。その首謀者に私を据えるという事ですね」
「さすが、風間殿。良く解っている」
「生かして連れて来られた時から、そんな気はしていましたよ」
風間は自嘲的な笑みを零した。
「ちなみに、どうやって王を与したのですか?」
風間の問い掛けに、或屡は得意気に鼻を鳴らす。
「そんなのは簡単さ。王に君達が戦時中、怠輪や倭和に赴き、不審な動きをしていた事を報せ、ニジョウが襲撃してきたのは、此度の同盟条約を隠れ蓑にして、同盟条約に集まった者達となにやら手を組んでいるのではないかと不信を煽ったのよ」
風間は内心で苦笑する。それは、あながち間違いではなかったからだ。倭和にいる軍人がゆりを呼び出すのにどうしても必要な能力を保持していた。
それが、ゆりが白い空間で出会ったおっさんだったわけだが、そのおっさんを拉致するのに、戦を利用し、怠輪軍を率いる必要があった。風間らの動きに気づきさえすれば、誰の目から見ても不審な動きはしていたのだ。だがそこに、ふと疑念が生まれる。
風間は怠輪に赴いたさい、三条の穴蔵を使った。つまり、転移の呪符で怠輪へ瞬間移動したので、誰にもその道程を知られてはいないはずだ。
怠輪は、他国と関わる事をしないし、調べに行ったとしても、風間に協力した事を知る者はほんのごく一部だ。そのごく一部に近づかない限り、怠輪から情報が漏れる事はまずないと考えて良い。
或屡に鎖国中の怠輪とコネクションを持つ事が出来るとは、風間には思えなかった。
だが、倭和側から漏れたと考える事も出来なかった。
倭和での行動は怠輪兵を囮に、秘密裏に行われたからだ。おっさんの周囲に居た軍人は全て、風間と、一緒に行動をしていた部下が皆殺しにした。
おっさんを運ぶ途中、誰かに見られるというヘマをした記憶はない。
風間の疑義を悟ったのだろうか、或屡は小鼻を蠢かす。
「不審かね? 風間殿。だが、誇りたまえ、君はとても優秀だったよ。君らの荒を探していたが、中々尻尾が掴めなくてね。倭和での対応、とても迅速かつ、冷淡だったね。君の行いは徹底していたさ。なのにどうして、尻尾を掴めた思うね?」
風間は黙って、或屡が言い募るのを待った。