私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~
「無論、風間殿を捜索し、捕縛する事は私にお任せ下さいと言ってな。後は、君を死刑台に送れば、私は晴れて王都へ返り咲くという事だよ」
風間は早鐘を抑えるように、大きく息をついた。
そして、体制を変えた。毅然とした顔つきで正座をし、そのまま前のめりに倒れ込む。消者石の手錠が床についた。
風間の土下座を見て、或屡は満足げに笑んだ。その隣で、ヤーセルは不快そうに眉を顰め、ゼアはどことなく哀れむような目つきをした。
「お願い致します。三条の者には、手を出さないで下さい」
「ふむ……己一人の命で贖うと?」
「はい。王の怒りは、それで治まるとは思いませんが、或屡様がお口添えをして下さるのなら、あるいは」
「……やってみよう」
或屡は妙にはっきりとした口調で呟いた。風間は顔を上げない。ヤーセルは更に不快を露にする。それは、風間に対してでもあったし、或屡に対してでもあった。
或屡は、明らかに嘲笑していた。声音に出してはいないが、表情が内情を容易に語っていた。ヤーセルはそれが気に食わない。
「私も地位が欲しいだけで、君ら一族に怨みはない。もっとも、風間殿、君の事は気に入らなかったが、今となっては楽しい思い出だ」
或屡は満足げに言った。風間はまだ、地に頭をつけたまま動かなかった。それを、或屡は悦に入った表情で見やって、歩き出した。
足音が消えるまで、風間は頭を上げなかった。
やっと顔を上げた風間は、なんとも言えない感慨のない表情をしていた。
ヤーセルは鉄格子を乱暴に掴んで、額を鉄格子に強く擦りつけた。
「オマエさんさァ、なんでそこまでするわけ? 俺、全然解んねえんだけど」
「……自分の大切なものを守ろうとする事は、至極普通の感覚だと思いますが」
風間はもう柔和な表情も、愛想笑いも作る事をしなかった。ただ、何も感じないように、昏い瞳を伏せる。
ヤーセルは片眉を吊り上げて、不満そうな表情を向けた。
「あの或屡が、あんな約束守ると思ってんのかい?」
「思ってませんよ!」
「!」
思わぬ怒声に、ヤーセルは驚いて肩を竦めた。
顔を上げた風間の表情は悲痛に歪んでいた。唇が戦慄き、涙を堪えようと、鼻がひくついた。だが、懸命な抗いは空しく、涙は零れ落ちてしまった。
ヤーセルは面食らって、気まずい表情をし、風間はすぐに涙を拭うと愛想笑いを作った。
「でも、万が一に賭けたって良いでしょう?」
「……オマエさんがそれで良いなら、そうしたら良いさ」
可能性は限りなく低いだろう。それは、風間もヤーセルも分かっていた。
長い沈黙が流れそうになった時、斜め向かいの牢屋から突然奇声が発せられた。
甲高い女――いや、少女の悲鳴。
鉄格子に体当たりし、激しく揺さぶる音が響き渡る。
ギャーギャーと喚き散らし、言葉にならない言葉で何かを叫んでいる。
よくよく聞いてみると、出せ、と言ってるようにも、助けて、と言っているようにも聞こえる。
声の主はひとしきり喚くと、もぞもぞと体を引き摺るように動いて、奥へ引っ込んだ。
仰天して目を丸くするヤーセルと、少しだけ驚いた様子のゼアを、風間はくすっと笑って、