私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~
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四日前の事だ。雪村、結、留火が、転移の術を使って合流した。
その時に、間空から風間の処刑が執行された事を聞いた。雪村はショックで身じろぎも出来ず、ゆりもまた同様だった。
口に出した間空もまた、泣き出したいほどの慟哭を胸に秘めていた。
その彼らに、更に追い討ちをかける出来事が起こった。センブルシュタイン城にいた一族から連絡が入り、城にいた殆どの一族は、捕まるか死亡したとの報告だった。
死亡した人数は十にも満たないが、それでも雪村とゆりに絶望を与えるには十分だった。間空が城にいると踏んでいた功歩軍は、そちらに精鋭部隊を送ったのである。もし、消者石が摩り替わっていなければ、全滅していたとしてもおかしくはなかった。
「どうする?」
間空は雪村にそう訊いた。任せ癖が出そうな雪村を、突き放す目で見やり、雪村は初めて、もう誰にも頼ってはいけない事を悟った。
今回の事態を招いたのは自分。頭首のくせに、守られて来たのも自分。責任を果たさなければならない。――頭首として。
「計画があったんだろ? 魔竜を呼び出すっていう。もう一つの方は今更打つ手もないんだし、俺は、いや、俺が魔竜を呼び出すよ。そうすれば、功歩軍にやられる事はない。勝てば、もう戯王だって手は出さないはずだ。圧倒的な力ってやつで、蹴散らす」
それは最も雪村が忌むものだった。だが、一族のため、そうするより他にない。
「そんで、誰にも侵される事のない国を創ろう。小さくて良いからさ。それが、オヤジや風間……一族念願の夢だったんだろ?」
間空は一瞬複雑な顔をして、その後すぐに誇らしげに笑んだ。内心では胸を締め付けられる思いでいたが、それを誰にも気取られてはならなかった。それが、彼の務めだったからだ。
「そうか。ならば、岐附の穴蔵へ行け。そこに、魔竜の復活する方法が記された書物がある。お前も知っている封魔書だ。竜王書第三巻の写本も見なさい」
「分かった」
雪村は静かに頷く。
「それと、ゆりくん」
「はい?」
「君も、一緒に行って読みなさい」
「え?」
戸惑ったゆりに、間空けは真剣な眼差しを向けた。
「君にも、関係のあることだ」
「……分かりました」
その瞳があまりにも真剣で、ゆりは頷くしかなかった。
二人は、即座に転移の呪符で岐附の穴蔵へ向った。相変わらず目が眩む程のはっきりとした明かりを放つ穴蔵につくと、雪村は早々に封魔書と竜王書第三巻の写本を取り出して、封魔書を開いた。
ゆりも横から覗き見る。
読み進めるにつれ、二人の表情は驚愕に満ちたものに変わっていった。読み終えた雪村はもう一つの巻物、竜王書第三巻の写本を、焦燥に駆られながら開いた。
「これって……」
写本を読み終えたゆりは呟いた。その声音は、悲嘆に満ちていた。
「いや。これじゃ、まだ分からないよ。だって、はっきりとそうだなんて書いてないじゃん。――な?」
同意を得るように尋ねた雪村の表情は、明らかに強張っていた。
ゆりは、内心では略決まりだろうと思いつつも、彼を安心させるために努めて柔らかく笑んで、頷いて見せた。
「うん。そうだね」
瞑へ戻った二人は、間空の部屋へ急いだ。本心では、ゆりは確認を取りたくはなかった。それをきっぱりと聞いてしまいたくはなかったのだ。
だが、雪村は聞きたかった。否と言って欲しかった。
ドアを開けた先にいた間空は、二人の帰りを待っていたようだった。腹を決めたような瞳で二人を見る。
雪村は、願いながら問うた。
「これって、違うよな? そういう事じゃないんだよな?」
間空は一瞬、哀しげな瞳を伏せた。
だが、顔を上げた時には真摯な表情へ変わっていた。
「いや、そういう事だ。魔竜を復活させるには、魔王の器、聖女であるゆりくんには、死んで貰わなければならない」