私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~

 * * *

 クラプションの別宅へついた三人は、当たりを警戒しながら伝使竜の塔へと向った。屋敷に警備の者はなく、易々と出られたが、街中には多くの警察が巡回していた。
 身を隠すように慎重に足を運ぶ。視界にセンブルシュタイン城の屋根を捕らえた時だった。背後から、険のある声が飛んできた。

「おい! そこの者達。止まりなさい」
「……な、なんでしょうか?」

 顔があまり知られていないゆりが振り返って、雪村と結はその影にこそっと忍び入る。
 そこにいたのは、軽装備の鎧を着た二人組みの警察だった。警察の制服の上に、手甲とグリーブ(脛当て)を装備していた。警察は訝しい表情をして眉を吊り上げた。

「どこへ行く?」
「えっと、どこっていうか、知人の家に……」
 言って、ゆりはへらっと笑う。
「知人? 名は?」
「えっと……」
「チザースの家だよ!」
 困惑したゆりの後ろから、雪村が口を挟んだ。フードを目深に引っ張る。
「ほら、三丁目のさ」
「チザースか……ふむ。引き止めて悪かったな」

 警察の一人が納得したように言って、ゆり達はほっと安堵したが、踵を返した途端、もう一人の警察が、思い出したように声を上げた。

「あっ。でも確か、チザースは今、旅行中のはずだぞ」
「何?」
 ぎくりと三人の心臓が跳ねる。
「確かか?」
「ああ。遠い親戚に不幸があったとかでな。不謹慎だが、ついでに観光してくるって言ってたぞ」
「――貴様ら」
「チッ!」
 結が舌打ちをして、拳を握り締めた瞬間、

「あー! お前ら、こんなとこにいたのか!」
 声高な明るい声が飛んで来て、手を振りながら三人の男達がやってきた。彼らはゆり達の肩を組むと、警察に向ってにこりと笑む。

「お疲れ様っしょ! こいつらどうかしたんすか?」
「怪しい者達だ」
「いやいや。怪しくなんかないっしょ! 俺らの友達(ダチ)っす。――な?」
 男の一人が仲間に目配せをして、彼らはこくんと頷いた。
「ああ」
「うん。こいつら、三日前にこの町に来たばっかで」
「チザースの家に行くと言っていたが?」
 不審な瞳を向ける警察に、彼らは更に笑む。

「そうっすよ。俺ら、チザースに見回り頼まれてっから」
「……なんだ。見回りに行くという事か」
「そういうことなら早く言いなさい」

 警察の二人は呆れるように言って、その場を去っていった。
 ほっと胸をなで降ろすと、男達はゆり達の肩から手を放した。

「坊ちゃん。お帰り」
 男の一人が、瞳を僅かに潤ませながら囁くように言った。
 雪村は驚いて、殆ど視界がなかったフードを僅かに上げて男達の顔を確認した。
「ベミン。スワロ。ショウ」
 雪村は僅かに驚いて、名を呼ばれた彼らは、嬉しそうに笑んだ。

「どうして」
 混乱する雪村に、スワロは告げた。

「俺ら、三条一族が反乱を企てたなんて信じてないっす。そんな事あるわけないっしょ。な?」
「うん。坊ちゃんがいる三条が、そんなに悪いことするなんて思ってないよ」
 ショウが続けて言うと、ベミンが「ああ」と頷いた。
「町の皆も同じ考えだよ」
 ショウは言って、また瞳を潤ませた。

「坊ちゃん、ごめん。街の殆どの連中が、王都から来た兵隊達に抗議したんだけど、ダメだったんだ」
「結局、城にいた三条の連中、連れてかれちまって……」
 スワロが悔しそうに顔を歪めた。

「お前ら……。ありがとう」
 泣きそうになりながら呟いた雪村の背に、ゆりは手を当てた。
「良かったね。三条一族を迎えてくれる人はやっぱりいるんだよ」
「……うん」

 雪村は噛み締めるように呟いた。その横で、結もまた複雑ながらも、どことなく満たされた想いが湧いた。
< 139 / 148 >

この作品をシェア

pagetop