私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~
* * *
「へえ。じゃあ、セシルも一緒に旅するんだな」
席に着いた雪村は嬉しそうに言って、出された茶褐色の飲み物を口に含んだ。
セシルはポットを片手に持ちながら、苦笑した。
「あなた達が良かったらだけどね」
「そりゃ良いに決まってるだろ! 楽しみだな。なあ、結。谷中さん!」
嬉々として話を振った雪村だったが、振られた結はそっぽを向き、ゆりは少しだけ苦々しい表情でカップに口をつけた。
「え? あれ?」
「私も楽しみですよ、セシルさん。――ところで、この飲み物なんですか?」
不思議そうに首を傾げた雪村を尻目に、ゆりは軽く話題を変えた。
セシルが注いでくれた飲み物はコーヒーに良く似ていたが、少しだけ麦の味がした。
「アルタイルっていうの」
「アルタイル……なんか星座みたいな名前ですね」
「そうよ。星座の名前からとられたの」
「へえ……」
軽く頷いて、ゆりはアルタイルを見つめた。
アルタイルの茶褐色の水面には、歪んだゆりの顔が映って、なんとなしにゆりは不安になった。
盗賊が出ると言われた道中のこと、功歩という国、そして何より、自分は家族のもとに無事に帰れるのだろうか……拠点を失い、自分を召還した者達ともはぐれ、命の危機に遭って、これからどうなるのだろう。
ゆりはそんな不安を呑み込むように、アルタイルを飲み干した。
「じゃあ、朝食が終わったら出立で良いわね?」
「おう!」
「あ、はい」
「――ふん!」
セシルが音頭をとるように言って、それぞれが返事を返すと、玄関のドアが開いて屈強な男が入ってきた。
「お父さん、どうだった?」
セシルが駆け寄ると、ジゼルは持っていた皮の袋をセシルに手渡して、満足げに笑みを浮かべた。
「今回の宝石竜は、思った通りだったぞ」
「すごい。いっぱい入ってるわね。しかも、質も良いじゃない」
セシルは開いたドアから射した陽光に、宝石を翳した。
「ゆりも見てみる?」
促されたゆりは席を立って玄関に向った。
ひんやりとした空気が外から入ってきたが、昇ったばかりの朝日はほんのりと暖かい。
「ほら」
その光にセシルは宝石を翳し、ゆりに覗くように促した。
オレンジ色の宝石は日に透け、宝石の内部がキラキラと輝いていた。
まるで星空のように、小さな光が幾つも輝き反射し合っている。
「わあ、キレイ!」
「でしょ? こういう風になるのは、良い石なのよ」
セシルは胸を張って、宝石を皮の袋に戻した。
「さあ、お父さんも帰ってきたし、ご飯食べちゃいましょ」
「はい」
セシルはゆりの背を軽く押して、テーブルへ戻った。
ゆりは改めてテーブルに並んだ朝食を見つめた。
朝食は、豚竜と呼ばれるドラゴンの卵の目玉焼き、焼きたてのライ麦パンのようなパンに、ポトフのようなスープだった。
「いただきます」
席についたゆりは、まずポトフのようなスープから飲んでみた。
スープは塩味のみだったが、野菜から旨味が出ているのか、ほんのりと甘い。続いてフォークを向けたのは、目玉焼きだ。目玉焼きは、黄身の主張が強く、大味な感じがした。
パンは焼きたてなので柔らかかったが、冷え始めた部分は硬くなっていたので、完全に冷めてしまうと硬くなってしまうだろう。
功歩国の料理は日本食に近い感じではなく、フランス料理に近いらしい。
昨夜の食事にもブールと、ジュレのような物が出ていた。
「ごちそうさまでした」
ゆりが手を合わせると、セシルはきょとんとした瞳を向けた。
「それって、爛の作法なの?」
「え? あっ、いや……!」
「だから、ゆんちゃんは違う世界から来た、言ってるだろ。理解力のないオンナだ」
呆れるように言った結に、セシルは初めてムッとした表情を向けた。
「そう。それならそれで良いわ」
怒ったように言って、セシルは自分の皿を持ってキッチンへと向った。
その後を追うように苦笑を浮かべて、ジゼルも皿を持って席を立った。
「なあ、何かあったの、あの二人?」
「……雪村くんのことで、ちょっとね」
「俺!?」
耳打ちした雪村にゆりは意地悪な口調で返した。鳩が豆鉄砲を食らったような表情の雪村を置いて、ゆりは結の隣へ移動する。
「結。今のは、あんまり良くないんじゃないかな?」
「本当の事だ。結、嘘ついてないぞ」
「それはそうだけど。お世話になった人に対して、言う言い草じゃなかったんじゃない?」
「……」
「そうだぞ。結。風間もいつも言ってるだろ。三条家たるもの礼儀正しくしなさい! ってな」
とってつけたように説教した雪村に、腑に落ちない表情で結は軽く頷いた。
「……はい」
「戻ってきたらセシルに謝れよ」
雪村はそう言ったが、キッチンから戻ってきたセシルは怒った様子もなく、何事もなかったように、「さて、行きましょうか」と笑ったので、結は謝る機会を見失って戸惑っていた。それを見て、ゆりはなんとなく結を不憫に思うのと同時に、セシルは大人だなぁと、心底感心してしまった。