私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~
* * *
数分後、戻ってきた雪村は二つの巻物をゆりに手渡した。他に持っていた三つの巻物を机に置く。
ありがとうとお礼を言って、ゆりは巻物の一つを開けた。そして、最初の書簡と見比べ、暫くじっと凝視して、
「あれ?」
と、声を上げた。ゆりは、二つの書簡に押された花押を見比べる。
「やっぱり、違う」
ゆりは感慨深げに呟いて、皆に見えるように机に書簡を置いた。
「これ見て。この印、違うの」
最初に届いた物には、風間の印が『風』であるのに対し、次に届いた物には『風』の中に小さな丸が描かれていた。目を凝らさなければ分からないほど、小さい。
ゆりは、雪村が持ってきた他の巻物も開いた。それは、旅先での出来事が書かれた物だった。そこに押されている印はやはり、風の中に小さな丸が描かれている。
「この最初に届いた書状は、風間さんの印の偽者なんだよ。で、後からのは本物」
「でもなんでだ?」
結が首を捻ると、ショウが何か考えるように質問した。
「執事さんが拉致されたのって、いつなんですか?」
「多分、サキョウに旅立ってその途中か、帰り道だと思う」
雪村が答えて、ショウは更に尋ねる。
「そもそも何をしに?」
「確か、サキョウとの間の山についての話し合いだったと思います。山で落盤があったとかで、どっちが直すのか話し合いに行ったはずです」
何をしに行ったのかすら知らなかった雪村の代わりに、ゆりが答える。雪村はどこか、苦しそうな表情をしていた。
「そうか」
閃いたように言ったのはベミンだった。同意を求めるように、ショウに向って指を指した。
「普通、花押なんて大事なもん持ち歩かない。持ち歩くとすれば、書類にサインする時だ」
はっとしてショウはべミンを見返した。
「そうか。……おそらくだけど、執事さんは山について何らかの契約が交わされると思ったんだ。どちらが山の処理をやる事になったとしても書面が作られて、そこにサインしなければならないから」
ショウは勢いよくゆり達を振り返った。
「それを敵方に利用されたんですよ。そしてそれを、執事さんは予期してたんじゃないでしょうか。だから、偽者の印も持って行った」
「そっか。それが押されてオヤジさんの目にでも入れば、すぐに自分の身に何かあったって報せられるから! でも、次の書簡の時には偽者だって気づかれたんですね。だから、次回からは本物の印で書簡が届くようになった」
ゆりは得心して手を叩く。
「そっか……。俺があの時、廉抹の言うようにオヤジに見せてれば、風間は死ななかったかも知れないんだな」
俯いた雪村を、皆同情する目で見つめた。だが、ゆりはすぐに真剣な表情で、雪村の背を叩いた。パンと高い音が響き、雪村は小さく叫び声を上げて顔を上げた。
「落ち込むな! そんな暇はないはずでしょ。今は、一族が助かる事だけを考えなきゃ!」
叱咤して、ゆりはふと表情を和らげた。まなじりが柔らかく下がる。
「守ってくれるんでしょ。頼りにしてるんだから、頭首様」
「うん」
雪村はきりっとした顔つきに変わって、優しい眼差しでゆりを見返した。
「或屡を糾弾出来そうな証拠はあるけどまだ弱いっしょ。証人でもいれば良いんすけどね」
スワロが何気なく言って、ゆりは撥ねるようにスワロに視線を送った。すると、近くにいた結と目が合う。
「一人いるな」
結はゆりの考えを汲んで、にやっと笑う。
「ゆんちゃん、もう一回治癒出来るか?」
「うん。目覚めるかどうかは分からないけど……やってみる」
ゆりは一念発起し、決意に満ちた表情を浮かべた。