私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~
* * *
瞑の荒野は、生まれたばかりの月を抱いていた。
細く、頼りない月はそれでもなお秀美だ。細められた猫の眼のように、鋭利に煌めく。
月は荒野の中に、二人を見ていた。
向かい合う男女。月明かり以外に明かりはない薄闇の中で、互いの手を握り合っていた。
「ありがとう。ゆりちゃんのおかげで、無事解決できた」
「ううん。雪村くんが頑張ったからだよ」
雪村は真摯な瞳でゆりを見つめ、ゆりは首を横に振った。
すると雪村は、途端にそわそわとしだし、関を切るように切り出した。
「あ、あのさ!」
「うん?」
ゆりが雪村を見返すと同時に、雪村は視界から沈んだ。小さく驚きながら下を向くと、雪村は立てひざをついて跪いていた。
「お、俺と――け、けつ婚して下さい!」
噛んだ――。ゆりと雪村は同時に思って、雪村は情けなさから真っ赤になり、ゆりはふと笑みが零れて声に出して笑った。悪いと思いつつ、抑えきれない。
「ごめん! もっかいやらせて! 次はちゃんとやるから!」
耳まで紅潮させながら、雪村は手を合わせた。
ゆりは笑いながら小さく頷いて、息を整えて真剣な表情を返した。
雪村は咳払いをして、立ち上がった。ゆりを見つめる。その瞳からは、緊張と、熱を感じた。
「俺、ゆりちゃんが元の世界に帰れるように協力するとか言ったけど、本当は帰って欲しくなんかなかった。あっ、でも、協力したい気持ちはあったのは事実だよ。君の役に立ちたかったから」
雪村は一瞬瞳を伏せ、またゆりを見つめた。
「今でも帰りたいなら、俺は寂しいけど協力する。帰る方法も、穴蔵の蔵書を読んで判ったし。……でも、出来るなら、俺は君とずっと一緒にいたいんだ。――大好きだから」
雪村はゆりの手をそっと取る。
両者の手のひらは暖かく、二人の胸の高鳴りを表しているようだった。
「俺と、結婚して下さい」
「――はい」
ゆりは小さく頷いて、しゃがみ込んだ。
雪村と目線を会わせ、静かに瞳を閉じる。
雪村は一瞬、火が昇ったように赤面し、パニックって、あわあわと慌てふためきながら周囲を見回した。そして、胸の苦しさを抑え付けるように、胸板を強く押す。
心臓が高鳴り続け、雪村の皮膚を食い破ってきそうなくらいドキドキとしている。
雪村は、息を止めてゆりに顔を近づけた。
その時、ゆりの目が残念そうに開かれた。
「もう……。遅い。雪村くんは、やっぱり雪村くんなんだから」
呆れたように言って、ゆりはそっぽ向いた。
チャンスを逃したと、雪村が落胆した瞬間。唇に柔らかい感触が襲い、ゆりの閉じられたまつげが目の前に映った。
それが離れた瞬間、ゆりが雪村の唇を奪ったのだと気がついた。
呆然とする雪村に、ゆりは顔を赤らめながら手を差し出した。
「帰ろう。私達の家に」