私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~

 * * *

 翌日、朝明けと共に一行は町を発った。
 小高い丘に囲まれた街道を、ゆっくりと喰鳥竜に駆けさせると、冷たい空気が頬に触れて、ゆりはぶるっと身震いした。
「まだ寒いだろ。ほら、これ!」

 並走していた雪村が、腰に巻きつけていた白い着物をゆりに向って投げた。
 着物はゆりとセシルの背中の間に落ちる。

 今日はゆりはセシルの後ろに、雪村が結の後ろに座っていた。
 着物を広げると、鞠の模様が所々に入った中々に派手で、綺麗な着物だった。
 生地も、思ったよりしっかりとしている。

「ありがとう。雪村くん」
 ゆりが礼を言うと、雪村ははにかむように笑んで、頬を掻いた。
「やっぱり優しいのねぇ。雪村って」
 調子を上げるように呟いたセシルに、ゆりは着物を羽織りながら返した。
「……まあ、そうですね。頼りないけど」
「あら。そう? 頼もしいと思うけどなぁ、私は」

 一瞬だけゆりを振り返って言ったセシルは、雪村をいたく信頼しているようだった。
 その態度に疑問が過ぎって、ゆりは片眉を吊り上げたが、会話を続けることもなく、ゆっくりと過ぎていく風景を眺めていた。

 昼前になって、小さな林を抜けた先に柵が見え始めた。
 その奥にはどうやら建物があるようだ。

 村に近づくにつれて、柵の奥に数十軒並んで家が建っているのが見て取れた。だが、物音ひとつしない静寂が、ゆりには廃墟のように感じられて不気味だった。
 だが、その原因はすぐに判明した。

 村の中心に行くにつれ、人通りが多くなり、のんびりとした中にも、活気があるのが伝わって来た。

 セシルの話しによれば、村のはずれの者達は畑で仕事をしているか、村の中心に働きに出ているかしているため、昼間は家にいる者は少ないのだそうだ。

 村の定食屋で適当に昼食を終え、すぐに一行はゴゴバの村を出て行った。
 村の柵を抜けて、広々と広がった真っ直ぐな街道と、遠くに見える岩山を見据えて、ゆりは何気なくゴゴバ村を振り返った。
 そこにはやはり、不思議なほど静寂に包まれた村があった。

 * * *

 日が陰ってきた頃、サイハン村が現れた。
 小高い丘の上にある村は、日暮れの淡い光に照らされて、生成りの壁がぼんやりと紅色に染まって見えた。

 サイハン村はゴゴバのように、柵で覆われてはいなかったが、簡素な物見やぐらから男がこちらを覗いていた。
 その下には、槍を持った男が二人ほど、睨みをきかせてゆり達一行を見据えている。

「旅の者か」
「ええ。そうよ」
「では、マリン婆の宿舎に泊まると良い。まあ、宿はそこしかないのだがな」
 男の一人がセシルに言って、セシルはにこりと愛想良く笑んだ。
「ありがとう」
 軽く手を振って向き直ったセシルに、ゆりは低声で話しかけた。

「今のなんですか?」
「自警団よ」
「ああ。あれがそうなんですね」

 軽く頷いて振り返ると、男達はじっと微動だにせずに村の外を見つめていた。
 その背に、ゆりは軽くおじぎをした。

 マリンの宿舎は、少しだけ古臭い感じがしたが、宿屋の店主は感じの良い老婆であった。この老婆がマリンというのだろう。
 一人で切り盛りしているらしく、年のわりにはキビキビと良く動くのが印象的だった。
 
 部屋は三人部屋というものがなく、二段ベッドが二つある四人部屋を取った。
 雪村はディング町では一人だけ別の部屋を取ったが、今回は同じ部屋になった。
 女三人の中に男一人で気まずいのか、二段ベットの二段目の隅で大人しくしていた。
 下のベッドに荷物を置きながら、ゆりはふと閃いた。

「そういえば、お金ってどこから出てるの?」
 雪村を見上げながら尋ねると、彼は短く唸るように返事を返しながら下を覗いたが、ゆりと目が合って若干頬を赤らめる。

「予算の都合で今回は部屋が同じじゃない? どこから出てるのかなって」
 質問を練り直して再度訊くと、雪村は「あ~あ」と、考えるように顎に手を置いた。
「どうなってんだろ?」

「え? 知らないの?」
「私は自分の分しか出してないわよ」
 ゆりが目を丸くすると、セシルがシーツを直しながら答えた。
「ってことは――」
 自然と結に視線が集中すると、結は軽く頷いた。

「結が出してる」
「え!? そうなの? ごめんね、いつか返すから」
「いい。別にワタシの金じゃない」
「……え?」
 怪訝に首を傾げたゆりに、雪村があっけらかんとした声を上げた。

「ああ。ウチの金な」
「ウチ?」
「活動資金として渡してるらしいよ。俺はよく知らないけどな」
「自分の家のことなのに知らないの?」
「よく、はな。ほとんど風間にまかせてるからなぁ」
「……」
(本当に頼りないなぁ……)

 呆れ果てた顔を雪村に見せないように、ゆりは背を向けた。
 その背をセシルはポンっと叩いて、励ますような声音で耳打ちした。

「貴族とかって、大概あんなものよ」
「……貴族、ですか?」
「雪村は見たところ、良いとこのお坊ちゃんって感じだものね」
「……そうなんですかねぇ」

 金持ちに知り合いのいないゆりは、胡乱気に雪村を振り返った。
(まあ、坊ちゃんって言えば、そうなのか。風間さんも執事だって言ってたし)
 少しだけ納得しながら、ゆりは気分を変えるように息を吐いた。
< 20 / 148 >

この作品をシェア

pagetop